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「―…♪」

「?」


どこからか声がした気がして辺りを見回す。ロミオは、ラケルからジュリウスに渡すように頼まれた書類をちらりと見て、急ぎではないからと自分に言い聞かせる。
声の主を探すため、耳を澄ませてゆっくりとフライアを歩き回る。少しずつ声が近付いてくると、それが歌だと気づいた。そして、声の主も…。


「ブラッド?」


なんとなく目的地が分かって走り出す。ブラッドならきっと、あそこにいるに違いない。
エレベーターに乗り込んで目的の階を押す。早く早くとはやる気持ちを抑え、目的地についた途端に半開きの扉の隙間から外へ出た。
ふわりと花の香りに包まれる。


「…あれ、ジュリウス?」

「…ああ、お前か」


エレベーターから降りたすぐそこの壁に身体を預け、腕を組んだジュリウスの姿をみつける。ジュリウスが見ていた先に目を向けると予想通りブラッドがいた。


「――……」

「…きれいな歌」

「…、そうだな…」


背中を向けて庭園の中心に立つブラッドは、優しくどこか悲しい歌を歌っていた。


「―…、あ…先輩?」

「ブラッド、すっげーよかったよ!」

「綺麗な歌だった。ありがとう」

「き、聞いてたんですね…恥ずかしいな…」


両頬に手を当てて、ブラッドははにかんだように笑う。


「今の歌は友達が教えてくれた歌なんです」

「友達…?」

「はい」


懐かしむように目を細め、ブラッドは話を始める。


「前に話したとおり、私のおうちは極東支部の外部居住区と言われている場所で、家族は今もそこに住んでいるんです。
…極東支部は、まだ赤い雨がごく一部の地域でしか起きてなかった時に、もう黒蛛病の研究を始めていて……色々あって、その時にお友達になった子なんです」


最近は忙しくてメールも全然していなくて、とブラッドは小さく苦笑した。


「その子が、アラガミや黒蛛病で亡くなる人が居る度にこの歌を歌っていて……よく一緒にいたので自然に覚えちゃいました」


安らかに眠れ、というレクイエムなのだとブラッドは言う。


「すみません、何だか縁起が悪い、ですね」

「そんなことないよ! きっとこれからは聞く機会ないしさ」

「…?」


目を伏せたブラッドと、ジュリウスの肩に腕を回し、ロミオはいつものように明るく笑う。


「だって、ジュリウスもブラッドも俺も、絶対死なないから!」

「あ…」

「俺、さあ…こうやって2人と居るのかなり好きで…居心地いいなって…思うから」

「ロミオ…」

「…先輩…」

「だからさ、2人のこと守るよ。ずっと一緒に居られるように」


ブラッドを見る。最近は自分が贈った服を普段着に着ているブラッドが、今日みたいにパジャマ姿の時は、体調が悪いときだ。
今よりも幼い頃から黒蛛病の兆候があったブラッドは、昔から床に伏せがちで体調が悪いのは慣れっこだと、よく笑っている。
我が侭かもしれないし、欲張りかもしれないけど、出来ればブラッドには楽しい時に、嬉しい時に…笑ってほしいと思う。


「まだまだ弱いし、あんま頼りにはならないかもしんないけど、今みたいにブラッドが隣で笑ってくれてて、ジュリウスが何だかんだ一緒に居てくれるように…俺がするから」


なっ、とジュリウスに同意を求めるように笑いかけると、意外にもジュリウスは苦笑しながら頷いた。


「そう、だな…そうなのかもしれない」

「ジュリウス先輩?」


ロミオとブラッドが顔を見合わせて頭を傾げていると、ジュリウスは柔らかくきれいな笑顔を見せる。


「…っ!」

「わっ…」

「?」

「ジュリウスが笑った…!俺、笑ったとこ初めて見たっ…」

「…そうだったか?」

「そうだよっ!ジュリウスいつも仏頂面だし…なっ、ブラッド?」

「は、はい…」


朱に染まった頬を誤魔化すように笑い、本当にジュリウス先輩はたまにずるい、と心の中でそっと思う。


「すごいな、先輩たちは…あ」

「ブラッド?」

「す、すみません…私これからメディカルチェックがあって…!もう行かないとっ」

「ついて行くか?」

「大丈夫です!それじゃあ、失礼しますね」

「いってらっしゃい、ブラッド」

「ロミオ先輩…えへへ、いってきます」

「…いってらっしゃい」

「うん、いってきます。ジュリウス先輩!」


走り去るブラッドの背中がエレベーターに消え、ロミオとジュリウスは2人きりになる。そういえば、2人で話すのは久しぶりかもしれない。ブラッドがフライアに来る前は、会話らしい会話をジュリウスがしようとしなかったのだ。


「ブラッドって不思議なやつだよな」

「…ああ」

「かなり積極的って訳じゃないんだけど、いつの間にかそばにいて。しかも側にいると落ち着くっていうか」

「…そうだな」


やっぱりジュリウスとは相変わらず会話が続かないけれど、前と違うのは、居心地が悪い訳じゃないからだと思う。


「…ー…、」

「ジュリウス?なんかいった?」

「…いや、なんでもない」


緩く横に首を振るジュリウスにロミオは不思議そうに首を傾げた。





(…こいつらといると、居心地が良い)
(他人と過ごすことに対してそんな風に思うのは…初めてだ)



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