13 「―…♪」 「?」 どこからか声がした気がして辺りを見回す。ロミオは、ラケルからジュリウスに渡すように頼まれた書類をちらりと見て、急ぎではないからと自分に言い聞かせる。 声の主を探すため、耳を澄ませてゆっくりとフライアを歩き回る。少しずつ声が近付いてくると、それが歌だと気づいた。そして、声の主も…。 「ブラッド?」 なんとなく目的地が分かって走り出す。ブラッドならきっと、あそこにいるに違いない。 エレベーターに乗り込んで目的の階を押す。早く早くとはやる気持ちを抑え、目的地についた途端に半開きの扉の隙間から外へ出た。 ふわりと花の香りに包まれる。 「…あれ、ジュリウス?」 「…ああ、お前か」 エレベーターから降りたすぐそこの壁に身体を預け、腕を組んだジュリウスの姿をみつける。ジュリウスが見ていた先に目を向けると予想通りブラッドがいた。 「――……」 「…きれいな歌」 「…、そうだな…」 背中を向けて庭園の中心に立つブラッドは、優しくどこか悲しい歌を歌っていた。 「―…、あ…先輩?」 「ブラッド、すっげーよかったよ!」 「綺麗な歌だった。ありがとう」 「き、聞いてたんですね…恥ずかしいな…」 両頬に手を当てて、ブラッドははにかんだように笑う。 「今の歌は友達が教えてくれた歌なんです」 「友達…?」 「はい」 懐かしむように目を細め、ブラッドは話を始める。 「前に話したとおり、私のおうちは極東支部の外部居住区と言われている場所で、家族は今もそこに住んでいるんです。 …極東支部は、まだ赤い雨がごく一部の地域でしか起きてなかった時に、もう黒蛛病の研究を始めていて……色々あって、その時にお友達になった子なんです」 最近は忙しくてメールも全然していなくて、とブラッドは小さく苦笑した。 「その子が、アラガミや黒蛛病で亡くなる人が居る度にこの歌を歌っていて……よく一緒にいたので自然に覚えちゃいました」 安らかに眠れ、というレクイエムなのだとブラッドは言う。 「すみません、何だか縁起が悪い、ですね」 「そんなことないよ! きっとこれからは聞く機会ないしさ」 「…?」 目を伏せたブラッドと、ジュリウスの肩に腕を回し、ロミオはいつものように明るく笑う。 「だって、ジュリウスもブラッドも俺も、絶対死なないから!」 「あ…」 「俺、さあ…こうやって2人と居るのかなり好きで…居心地いいなって…思うから」 「ロミオ…」 「…先輩…」 「だからさ、2人のこと守るよ。ずっと一緒に居られるように」 ブラッドを見る。最近は自分が贈った服を普段着に着ているブラッドが、今日みたいにパジャマ姿の時は、体調が悪いときだ。 今よりも幼い頃から黒蛛病の兆候があったブラッドは、昔から床に伏せがちで体調が悪いのは慣れっこだと、よく笑っている。 我が侭かもしれないし、欲張りかもしれないけど、出来ればブラッドには楽しい時に、嬉しい時に…笑ってほしいと思う。 「まだまだ弱いし、あんま頼りにはならないかもしんないけど、今みたいにブラッドが隣で笑ってくれてて、ジュリウスが何だかんだ一緒に居てくれるように…俺がするから」 なっ、とジュリウスに同意を求めるように笑いかけると、意外にもジュリウスは苦笑しながら頷いた。 「そう、だな…そうなのかもしれない」 「ジュリウス先輩?」 ロミオとブラッドが顔を見合わせて頭を傾げていると、ジュリウスは柔らかくきれいな笑顔を見せる。 「…っ!」 「わっ…」 「?」 「ジュリウスが笑った…!俺、笑ったとこ初めて見たっ…」 「…そうだったか?」 「そうだよっ!ジュリウスいつも仏頂面だし…なっ、ブラッド?」 「は、はい…」 朱に染まった頬を誤魔化すように笑い、本当にジュリウス先輩はたまにずるい、と心の中でそっと思う。 「すごいな、先輩たちは…あ」 「ブラッド?」 「す、すみません…私これからメディカルチェックがあって…!もう行かないとっ」 「ついて行くか?」 「大丈夫です!それじゃあ、失礼しますね」 「いってらっしゃい、ブラッド」 「ロミオ先輩…えへへ、いってきます」 「…いってらっしゃい」 「うん、いってきます。ジュリウス先輩!」 走り去るブラッドの背中がエレベーターに消え、ロミオとジュリウスは2人きりになる。そういえば、2人で話すのは久しぶりかもしれない。ブラッドがフライアに来る前は、会話らしい会話をジュリウスがしようとしなかったのだ。 「ブラッドって不思議なやつだよな」 「…ああ」 「かなり積極的って訳じゃないんだけど、いつの間にかそばにいて。しかも側にいると落ち着くっていうか」 「…そうだな」 やっぱりジュリウスとは相変わらず会話が続かないけれど、前と違うのは、居心地が悪い訳じゃないからだと思う。 「…ー…、」 「ジュリウス?なんかいった?」 「…いや、なんでもない」 緩く横に首を振るジュリウスにロミオは不思議そうに首を傾げた。 (…こいつらといると、居心地が良い) (他人と過ごすことに対してそんな風に思うのは…初めてだ) . |