どうやら…ようなのです






※「うさぎ病」のその後



「…あ」

「バースト?どうかした?」

「…いえ」


目の前に座るユウに首を振り、ぼんやりと自分がぱちぱちと音を立てて燃える焚き火を見つめていたことに気がついた。
肩からずり落ちた毛布をもう一度引き寄せてくるまる。そう、とにこにこと笑っている兄の視線から逃れるように。


「今日も無事終わって何よりだよね」

「ええ、そうですね」

「バーストとは戦いやすくって助かるよ」

「はい…」


上の空になりながらユウに返事を返す。
クレイドルとしての任務に就き、極東を離れるようになったのはつい最近になってからで。以前は、ツバキ教官とリンドウさんとユウと、4人で遠征をしていた…のだけれど、リンドウさんにお子さんができてからは、なるべく極東を離れないようにしたいという私達の我が侭ともいえる希望を聞き入れてもらい、現在はユウと2人で遠い各地を走り回っている。
2人しかいない現状は、決して楽ではなくて、とにかく忙しくて。

極東の皆に会いたいと思う時間さえ与えてくれない。


「…、バースト、ほら」

「……え?」


突然差し出されたそれが一瞬なにか分からなくて。


「通信、アリサから」

「は、はい。失礼しました」


慌ててユウの手から無線機を受け取る。そっと耳に当てて、アリサ、と優しくて甘えん坊な親友に呼びかける。


『あ、バースト…?こんばんは』

「こんばんは。どうかしましたか?」

『その、突然すみません…。あまりにもうざ…あ、いえ、その…ああもう!ちょっと黙っててください!』

「アリサ?」


無線の向こうから賑やかな雰囲気が伝わってくる。アリサが、あ、ちょっと、と制止する声がして、アリサ、ともう一度名前を呼ぶ。


『久しぶりだな』

「ソーマ?アリサは…」

『用件が進まないから代わった。それより次はいつ頃戻る?』

「そう、ですね…」


明確に答えられないのが申し訳ないと思いつつも素直に、分からないです、と返すと、無線機の向こうのソーマが、そうか、わかったと仕方なさげに言った。


「私に何か…?」

『…いや、気にしなくていい。お前と、あとユウにも言っておくが、無茶だけはするな。いいな?』

「はは、了解」


ユウの笑い声を聞いて、本当に分かってんのか…、とソーマが溜め息をついた。私達は普段そこまで心配をかけているのでしょうか…。


『…あ?ああ、分かったから少し黙れ』

「ソーマ?」

『悪い、コウタが煩くてな』


ぎゅう、と心臓が締め付けられるような、そんな。どき、どき、と徐々に脈が上がる。


「コウタ、居るんですか?」

『……かわるか?』

「、」


はい、と言いかけて止める。今はコウタの声を聞きたくなかった。


「だ、いじょうぶです。では私はこれで…」

「あ、待って、バーストちょっとかわって」

「了解です。ソーマ、ユウにかわりますね」

『ああ、分かった』


無線機をユウに返して、またぼんやりと焚き火を見つける。
自然と利き手の指で、唇をなぞる。


『コウタなら、いいですよ』

『うん…』


絡められた指は私よりずっと長くて、少しだけ怖かったけれど、お世辞にもロマンチックでもなく、ぎこちないキスがコウタと私らしくて。
触れるか、触れないかの暖かい感覚は思い出すだけでも愛おしい。

数回繰り返した後、照れながら笑ったコウタの顔を見て以来、どのくらい経ったのだろう。


「…コウタ…」

『…バースト?』

「!」


慌てて顔を上げると、いつの間にかユウが無線機を私に近づけていたようで。無線機の向こうからした声は間違いなく、コウタのもので。えっと、えっと…。困っていると、ユウは無線機をさらに近づけてくる。戸惑いながら受け取ると、にこりと笑ったユウ…つまりは全てお見通しらしい。


『バースト、だよな。えっと、ひ、久しぶり…?元気?』


無線機からするコウタの声はどこか鼻声に聞こえて、風邪ですか、と尋ねたら慌てながら、違う違うと返ってきた。後ろでアリサが、うさぎ病ですもんね、とからかう声と、慌てて止めるコウタの声がして自然と笑みがこぼれる。


「皆さんが元気そうで安心しました」

『うん、俺達は元気だよ。さっき話したけど、ユウも元気そうだし、バーストも…』

「はい」


バーストも…、もう一度コウタが呟いて、元気なの、とまた聞かれた。


「ええ、健康状態に問題はありません」

『そっか…。ねえ、バースト…?』

「はい」


極力、何も考えないように。目を閉じる。胸に湧き上がる感情も、閉じ込めて。


『俺達ってさ、なかなか会えないけどさ』

「はい」

『誰よりも近くに居る気がしない?』

「…――、」

『実際は殆ど一緒にはいないかも知れないけど、さ…まあ、寂しいし、会いたいし、一緒に居たいなあって思うけど』


コウタの心地よい声が自然と流れ込んでくる。


『…今度こそ、何があってもさ…俺は、ずっとバーストのそばにいるから』

「…、はい…っ」


3年前にも、同じ事を言ってもらったことを覚えている。あの時と違うと感じるのは、そばにいる、そう言ったコウタの声が明るいものでなく、ひどく柔らかいのに力強いからなのでしょうか。


『…生きることから逃げるな。早く、帰ってきてよ? じゃあ、おやす』

「明後日…」

『うん?』

「明後日、帰ります」

『え…?』


立ち上がると同時に辺りを警戒していたらしいユウから神機のケースを渡される。


「明後日帰ります。皆さんにも伝えて下さい」

「あはは、それは頑張らないとなあ」


神機を構えながらユウは朗らかに笑う。ユウには悪いですが、手伝って貰わないといけないですね。


『ええ?あんまり無理しないでよ』

「あのですね、コウタ」


すう、と息を吸う。声を聞いてしまったら、寂しいと言ってしまったら、駄目だと思った。でも、違う。きっと、吐き出した分、私は強くなれる。


「移ったみたいです」

『え』

「うさぎ病」

『うそ…まじ?』

「はい。私もコウタに、すごく会いたいです」


無線機の向こうから沢山の茶化す声と大きな物音がした。くすくすと笑って、ケースから神機を取り出し、地面に突き刺す。


「寂しいから会いに行きます。だから、待っててくださいね」

『バースト、格好よすぎるって…』

「ね、バースト、そろそろ待てないみたいだよ?」

「そのようですね。では、コウタ、おやすみなさい」


無線機を切ると同時に、先ほど突き刺した神機を抜く。


「しばらく極東に居られるように、頑張ろうか」

「当たり前です。いきますよ!」


闇に浮かぶ無数の赤い光とうなり声。集まっているらしいアラガミ達目掛けて、合図をするわけでもないのに息はぴったり、ユウと2人で同時に飛び出した。





どうやら、移ってしまった、ようなのです

(…コウタ、いつまで悶えているんですか)
(だってバーストがイケメンすぎる…!)
(…コウタは放っておけ)
(そうします)




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