手紙




※悲恋ちゅうい
※「ロミオと愛しのジュリエッタ」(短編)、「薔薇の花、一本」(企画)のそのあと




なにか、大切なことを忘れている気がする。


「、?」


ナナに貰ったいつもながらおいしいおでんパンを頬張りながら、こてり、と首を傾げる。


「どうしたの?」

「ん、何か忘れてる気がして…」


あっ、と。そうだ、私、お手紙を書いてたんだ。書きたいことを忘れないうちに書いておかないと。
そっと、便箋を汚さないようにおでんパンをお皿に置いて、ペンを握る。


「手紙?」

「うん」

「誰に書いてるの?」

「、……?」


あ、れ。なんだろう、よくわからない。誰に書いていたんだっけ…。ああ、そうだ。お父さんとお母さんだ。手紙を送る相手なんて限られてるのに、なんでわからなかったのかな?


「見ていい?」

「恥ずかしいからだめ」

「ぶー、けちー」

「けちじゃないもーん。ね、ロミオ先ぱ…」


ふ、と場が静まる。
ナナが悲しそうな、何か言いたそうな顔をして、口を開いて、あわてて止める。


「えへへ…またやっちゃったね」


ぐり、と胸をえぐられたような。やだな、いたいの。目の前のナナに笑ってみせると、やっぱりナナは悲しい顔をした。


「どうした?」

「あ、隊長…」


エレベーターから降りてきたジュリウス隊長の髪に花びらがついていて、また庭園にいたんだと分かる。くすり、笑ってジュリウス隊長の髪に手を伸ばす。


「ジュリウス隊長、花びらついてますよー」


柔らかな小麦色の髪から、黄色に色づいた花びらをとる。その黄色が、ロミオ先輩を連想させて知らぬうちに頬がゆるむ。


「ジュリウス隊長、前よりも庭園にいますよね。たまには私たちも連れて行ってくださいね」

「お前、達…?」


ぐ、とジュリウス隊長の眉間にしわが寄ったことに気づかないまま話を続ける。


「あ、そうだ! 先輩見ませんでしたか?」

「シエルとギルのどっちだ?」

「ロミオ先輩ですよー」


がしゃり、とナナの手からコップが落ちて割れた。


「ナナ!大丈夫…?」

「っ…大丈夫じゃ、ないっ」


勢いよくナナの手が私の両肩を掴む。よろめきながらナナを見ると、今にも泣きそうな顔をしていた。


「大丈夫なんかじゃないよ、ブラッド…ねえ、どうしたの」

「ナナこそっ、なに…いたいよ…っ」

「ナナ…大丈夫だ、落ち着け…」


ジュリウス隊長がナナと私の間に割って入ろうとするけれど、ナナはただ首を横に振って、軽く腕輪が触れる度にナナから溢れそうな想いが伝わってくる。


「ロミオ先輩は、もう居ないんだよっ…!しっかりしてよお…っ」

「な、な…?」

「ブラッド、ナナの言ったことが分かるか?」


居ないんだよ。
…!…、ああそっか…そうだったね。私、何言ってるんだろう…。


「大丈夫、分かるよ…ごめんね…」

「ブラッド…っ」


ぼろぼろと、とうとうナナの目から涙が落ちてくる。


「ごめんっ…顔洗ってくるっ…」


おでんパンの入った袋を放り出したままナナはラウンジから出て行ってしまった。


「わたし……」

「ブラッド、不安がらなくていい。お前には俺たちがついているから」

「そう、ですね…大丈夫…私にはジュリウス先輩と、ロミオ先ぱ……あ、れ」


ジュリウス『先輩』?
違う。先輩だけど先輩じゃなくて、ジュリウス先輩は、隊長、で…?


「ブラッドっ…」


頭が、ぼうっとする。ジュリウス、隊長に抱きしめられる。


「もう、いい…。頼むから…少し休もう…」

「ジュリ、う、す…せん…ぱ…」

「…悪い…ロミオを守ってやれなくて……約束、したのに…お前達は何があっても守ると…」


ぎゅうぎゅうと、強く抱きしめられる度によくわからなくなる。


「俺のせいだ…ロミオが死んだのも、お前を…、…ブラッドを壊したのも…」

「こわ、れ、た…?」


違う。違います。私は、わたし、私は…。
勢いよくジュリウス先輩を突き飛ばし、書きかけの手紙を掴んで部屋に走る。


「っあ、はあっ」


ナナも、ジュリウス先輩も、どこかおかしい。
分かってるよ、ロミオ先輩はもう居ないんだよ。ねえ、そうだよね?
頭が混乱する。どうしたらいいか分からず、掴んでいた手紙に目を通す。


「……え」


ぱさぱさと音を立てて手から便箋が落ちる。足に力が入らなくなって、床に崩れ落ちた。

『ロミオ先輩へ』


…ああ、そっか。お手紙、ロミオ先輩に向けて書いてたんだ。

ふるえる足で立ち上がり、ふらふらと部屋の中を歩く。

私の部屋にしては、明るい色の家具があって、たくさんの缶バッチやニット帽があって……ちがう、ここは…。


「ロミオ先輩…、」


部屋の中をあてもなく歩き回る。ゆっくりとひと部屋のドアノブを回すと、ひとりで寝るには大きいベッドがあった。


「せんぱい…」


ジュリウス先輩とロミオ先輩の部屋にお泊まりをしたことや、怖い話をしてロミオ先輩と2人で震えながら眠ったことや、それから…。


「うっ…」


気付いたら、ぼろぼろと涙が流れていた。


「ふ、っう、あっ…」


ベッドの上に置いてあった羊のぬいぐるみを抱き寄せる。


「っあ、あああああああ…っ」


なんでもよかったんだよ。
話せなくても、姿が見えなくても。

ただ、貴方に。
大好きなロミオ先輩に、


「――…、」


伝えたい言葉も、よく思い出せないけれど。
これだけはちゃんと覚えてるよ。


『ロミオ先輩が大好きでした。』





(また、お手紙書きますね)
(ブラッドより)




―――

イメージソング
yu-yuさんのARIAから『手紙』



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