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ぺたぺたとスリッパを鳴らしながら廊下を歩く。普段1人でフライアを歩き回ることがほぼないため、少しだけ心細い。


「ラケル先生のお部屋どこだったかな…」


今日は週に一度のラケルの部屋でのメディカルチェックの日で、いつもはジュリウスかロミオが付き添ってくれているため迷うことはなく。そんな頼りになる2人はつい先ほどミッションに出かけてしまっていた。
誰かに会えないかなあ、と考え始めた頃。


「あ…」


長い廊下の突き当たりを横切る人影が見えた。慌ててその人を追いかける。


「あっ、あのっ待って…!」

「え…?」

「くださいっ…!!」


ぜーはー、と荒い息をはきながら走り寄ると、呼ばれたことに驚きながらその人は止まって待っていてくれた。

「はあ、はあ…す、すみません…」

「い、いえ…大丈夫ですか」

「はい、だ、だいじょふ、です…」


片手でブラッドの肩を支え、もう片方で呼吸を整えるブラッドの背中をゆっくりとさする。肩に置かれた手に黒い腕輪を見て、ブラッドは目を見開く。


「それっ…黒い…腕輪…」

「!…ええ。あ…貴女も適合者なのですね」

「適合、者…」


曖昧な自分の状態を考えると肯定も否定も出来ず、ブラッドは困ったように笑う。そんなブラッドを見てその人は不思議そうにしながら口を開く。


「見かけない顔ですがブラッドの候補生の方でしょうか?」

「ええと…なんていうか……その、私、適合率があんまり良くなくて…神機も上手く扱えなくって……えっと、今日もラケル先生にメディカルチェックをしてもらう予定で…」

「…ひょっとして、貴女が、ブラッド…ですか?」

「えっ…は、はい。あの、なんで私の名前…」

「ああ、すみません。かねてよりラケル先生からお話は伺っています。…あ、その、申し遅れました」


ゆっくりとブラッドの肩から手を離すと、腹部の前で手を組み、居住まいを直す。


「私は、シエル・アランソンと申します。『P66偏食因子』に適合していますが、現在はラケル博士とレア博士、両博士の師事の元、別途任務についております」

「シエル、先輩…?」

「先輩と呼んで頂くほどではありません。私でよろしければラケル先生のお部屋まで案内致しますが…」

「すみません…よろしくお願いします」


こちらです、と先を歩き始めたシエルについて歩く。


「シエル先輩もブラッドじゃないんですか?」

「も…? 私は先ほど申しました通り適合はしていますが、ブラッドではありません。…しかし、貴女はブラッド候補生、ですよね?」

「あ、いえ…正確にはブラッド候補生の候補、みたいな感じなんです。…シエル先輩、もしかしたらそのうちブラッドになるかもしれないんですか…?」

「そうでしたか…。私がブラッド候補生になることもあり得なくはないかと思います」

「えへへ…女の子が増えたら嬉しいです」

「何故ですか?」


ガラス玉のような澄んだ目をぱちぱちと瞬かせ、シエルは不思議そうに首を傾げる。

「今は男の子が2人だけで、女の子が居なくて…あっ2人は優しいですし大好きなんですけど…っ」


一人で百面相をしていると、シエルは小さく微笑む。


「ジュリウスが優しい、ですか…。貴女は不思議な人ですね」


シエルの口からジュリウスの名前が出たことに驚く。知り合いなのかと聞こうとしたとき、シエルが立ち止まる。いつの間にか見覚えのあるラケルの部屋の前だった。


「…先程の話ですが」


ドアノブに伸ばしていた手を止め、シエルはブラッドを見る。


「貴女がブラッドになれるよう私も願っています」


ぎこちなく笑ったシエルに合わせ、リボンのように結われた髪も揺れる。


「ありがとうございます…シエル先輩」


微笑み返すと、小さく頷いたシエルはドアノブをひねった。


「シエル・アランソン、入ります」


先ほどまで見せていた柔らかい表情が無くなり、どこか緊張した顔をして扉を開けるシエル。

検査の間も、3人で昼食を食べている間も、返事以外は言葉を発さないフランス人形のようなシエルがやけに印象的だった。





(ただいまっブラッド!寂しくなかった?)(先輩…!お帰りなさい!大丈夫です…楽しかったです)(え?楽しかった?)





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