うさぎ病






「はあ…」


ベッドの上に体育座りの姿勢で、壁に背を預ける。

夢を見た。
バーストがいて、俺が居て、2人で笑ってて。笑っているバーストが可愛くて、当たり前みたいにキスをして。照れたように笑ったバーストを見て…目が覚めた。


「眠れないって…こんなの」


今日だってミッションはぎゅうぎゅう詰めなわけで、だけど時計を見るとあと1時間も経てば起きなければならない時間になる。仕方ないか、と溜め息をついてのろのろと服を着替えて、とりあえず朝飯を食べるために食堂に行くと、朝からエミールとエリナが言い争っているのが見えた。
ああ、もう、頭が痛い…。


「コウタさん、今日元気ないですね。大丈夫ですか?」

「大丈夫だよ、ありがとな」

「ムツミちゃん、心配しなくても大丈夫だよ。コウタ先輩、うさぎ病なだけだから」


いつの間にか後ろにいたエリナがやれやれという仕草をしながらムツミちゃんと話をしている。

うさぎ病とは、俺がバーストに会いたくて元気が無いときの病名で、リンドウさんやソーマ、アリサ達と命名したらしい。

一度アーカイブでうさぎを調べたけど、白くてふわふわしてて、俺には似てないと抗議したこともある。
容姿じゃなくて、うさぎは寂しいと死ぬと言われているらしく、そこから付いたのだと抗議は却下された。


「コウタ先輩が元気ないのは別にいいんですけど、今日のミッションで足を引っ張らないで下さいね」

「分かってるよ。大丈夫」


そう、言ったわけだし。俺は集中して臨んだんだけど、調子は最悪。
上手くメンバーをサポートしてやれなくて、無駄に討伐時間がかかった結果…残りのミッションは翌日に持ち越しになった。


「まだまだ駄目だな、俺って…」


バーストが第一部隊長のとき、きっと今の俺よりずっとずっと辛かったはずなのに、バーストは私情を挟まずに第一部隊を引っ張っていた。
ああ、こいつとなら安心してミッションがこなせるなって思えて。

俺は俺らしく。
バーストにも、ブラッドの副隊長にも散々言われて、肩の荷はおりたけど。
私情を挟まないのがこんなに難しかったんだなって改めて思う。


「ねっむ…」


部屋に戻るなりソファーにダイブする。うつ伏せのまま動けない。とにかく眠い…。ちょっと寝よう。
どうせなら夢の中でまたバーストに会えますように、なんて思いながら。


夢の中で、目を開ける。
バーストが俺の部屋を片づけている後ろ姿があった。


「バースト…」


小さく呟くと、バーストにはしっかり聞こえたみたいで、こっちを振り向いた。コウタ、と大好きな声で名前を呼ばれる。


「バースト、ちょっと、きて…」


バーストは首を傾げながら素直にこっちにきて、ソファーにうつ伏せのままの俺を覗き込むようにしゃがみこんだ。

朝見た夢を思い出した。
ぼんやりとまたキスしたいなあ、と思ってバーストの結ばれた片側の髪を引く。


「ん、…」


合わさった唇。柔らかい感触がやけにリアルで、バーストとキスしたらこんな感じなのかなあ、と思う。


「コウタ…」


離れた唇から俺の名前が零れる。真っ赤な顔をしたバーストは笑うことなく困ったように眉を下げ……そういえば、掴んだままの髪の感触もバーストの甘いにおいもそのままで。


「あの、髪、が…痛い、です」

「……え?」


ぱちぱちとまばたきをする。え、待って。これって。


「ゆ、夢?」

「寝ぼけているんですか…」


少し怒ったようなバーストのその一言で頭が覚醒する。


「っえ、嘘だろ…だって、俺、今…キス…」

「…しました、…」

「!! う…あ、あああぁぁ…」


ソファーに顔を押し付ける。夢じゃなかった。
まじか。キスしちゃったとか。初めてだったのに雰囲気も何もなさすぎだろ。


「ご、ごめん…」

「…いえ…その、いいんです…」


しーん。沈黙。あ、当たり前か…。
落ち着け、俺。どうしよう、こういうときは、えーと。


「い、今のナシ…で…。もう一回ちゃんとしていい?」

「…駄目です」

「ですよね…」


再び沈黙。つーか嫌われたらどうしよ…絶対泣く…。


「……初めてのやり直しは駄目、です…、けどっ…2回目なら…その、いいです…」

「え…?」


蚊の鳴くような声でバーストは呟く。顔を見ると、やっぱり真っ赤で、恥ずかしいのか目が潤んでいた。
髪を掴んでいた手をそっと離して頬に触れると、かなり熱い。


「バースト、」

「……」


名前を呼ぶと、つられるようにバーストは目を閉じた。ゆっくりと顔を近づける。


「、ん」

「…っ…」


軽く唇が触れた。びくり、とバーストが息を止めたのが分かる。
しばらくそのままで、名残惜しいけど口を離す。


「っはあ…」

「ふ、…」


お互いに息を止めたままだったみたいで同時に大きく息を吸う。
それがなんだかおかしくてバーストと顔を見合わせて笑った。


「俺たち、ちょっとは恋人っぽくなったんじゃない?」

「そう…ですね」

「あ、また赤くなった」

「や、やめてください…」


俯いてしまったバーストの頭を撫でると、ちらりとこっちを見て小さく笑ってくれて、かわいい。


「あれ、そういえばいつの間に帰ってきてたの?」

「つい先ほどです」


何かを思い出したのか、バーストはくすくすと笑い出す。


「バースト?」

「エリナからコウタがうさぎ病だと聞きまして……うさぎ病って移るんでしょうか」

「どうだろう…試してみる?」


バーストの両手に指を絡める。


「コウタなら、いいですよ」

「うん…」


もう一回目を閉じたバーストにゆっくりと顔を近づけた。





うさぎ病




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