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「これをご覧なさい。彼女、とっても面白いわ」

今までのメディカルチェック、検査、訓練の結果など全てがまとめられた数枚の書類を病室に入ってきたジュリウスに渡し、ラケルは楽しそうに笑った。
ジュリウスは書類に目を通すと、不思議な数値の羅列に眉を寄せる。


「…適合率が急激に変動している? それに、これは……」

「ええ」


ラケルが、すやすやと穏やかな寝息を立てるブラッドの服をめくると、傷一つない白い肌があらわれる。つう、肌をなぞると、背中のある一点でラケルは指を止めた。
ジュリウスは顔を近づける。そこには、小さいけれど、まるで蜘蛛のような形の…。


「黒蛛病…」

「そのようです。ただ、検査結果から黒蛛病を患っている訳ではないみたいなの……いえ、これだと語弊がありますね。正しくは、患っていた、というべきでしょうね」

「つまり、治療法がないとされる黒蛛病が治ったと…?」

ゆっくりとラケルは頭を横に振る。


「詳しいことは分かりません。ブラッドが起きたら事情を聞いてみましょう」

「了解しました」

「ん」


ラケルに触れられたのがくすぐったかったのか、ブラッドはもぞもぞと動く。ゆっくりと瞼が持ち上がりまだ眠たそうな瞳が現れる。


「起こしてしまったかしら。おはようございます、ブラッド」

「ラケル、せんせ…?あれ…ジュリウス先輩も…」

「具合はどう?」

「だいぶ良くなりました。きっと先生のおかげですね」


ふにゃりと笑うブラッドに、ラケルも微笑んでみせる。


「よかったわ。ブラッド、聞きたいことがあるのだけれど」

「?」

「これはなあに?」


黒蛛病の印と言われている蜘蛛形の痕に触れると、ブラッドは顔色を変えた。ジュリウスはいきなり逃げだそうとするブラッドの手首をとっさに掴み腕を拘束する。


「嫌っ!やめて先輩っ」

「離したら逃げるだろう」

「やだやだっ!やめてっ」

「ジュリウス、あまり乱暴にしないで。…ブラッド、大丈夫よ。何も怖いことなんてないわ」


ジュリウスが腕を離すと、ブラッドは床に座り込む。そのまま涙をぽろぽろと流しながらしゃくりあげるブラッドの側にラケルが近寄る。


「いやだっ」

「!おい」


病室から飛び出したブラッドはあっという間に走っていってしまう。


「うわっ!…あれ…ブラッド?何して……泣いてんの?」

「ロミオせんぱっ…!」

「ロミオ、ブラッドを捕まえろ」

「え?な、なに?」

「いいから言うとおりにしてくれ」

「せんぱいっ…やだっ…やなの…!」


がたがたと震えながら涙を流すブラッドとコツコツと靴をならしながら歩いてくるジュリウスを見比べたロミオは困惑しながらも、ブラッドを背中に庇いジュリウスと向き合う。


「これってどういう状況?」

「ブラッドに様々な検査をした結果、黒蛛病にかかった形跡が見られたから事情を聞こうとした。以上だ」

「黒、蛛病って、あ、あの黒蛛病…!?」

「ああ。だが、特有の蜘蛛のような痕が見られるが検査結果は陰性だった」

「ひっく……しらないです、わたしっ…何も…っ」


ジュリウスとロミオの視線がブラッドに向く。


「ただ…おとうさんが…これは、誰にも見せちゃ、っだ、だめだって……見られたら、み、みんな…ブラッドのことを、き、きらいになるから…って…!!」

「ブラッド…」

「いやです、私……ロミオ先輩にも、ラケル先生にも…ジュリウス先輩にも…嫌われたくないっ…!!」


我慢に達した子供のように本格的に泣き出したブラッドを見ながらも、ロミオは動けずにただ眺めていることしかできない。

少し遅れてブラッドに来てからほぼ毎日一緒に過ごしてきたブラッドは大切な友達だ。それは胸を張って言える、のに。

『黒蛛病』。

この言葉だけで何でこんなに違うんだろう。


「そうか」


ジュリウスはそれだけ言うと、泣き崩れているブラッドの前に跪いた。


「別に俺は何とも思わない」

「ジュリウス、せんぱい…」


それは、冷たい言葉だったかもしれない。けれど、ブラッドにとっては確かに自分を肯定してくれる言葉に思える。

すごく、ずるいと思う。
こちらから手を伸ばすと避けるのに、向こうからは不意に近づいてくるところを。
困ったように小さく微笑んだ表情も、ぎこちなく肩に置かれた手も。本当にずるい。


「っ、ブラッド!」


ロミオが勢いよくブラッドを抱きしめる。


「ちょっとでも躊躇ってごめん…俺もそんなの気にしないっ! だからもう泣くなって」

「ロミオ、せんぱいっ……2人とも、ありがとうっ…」


床に座り込む3人を見て、ラケルは嬉しそうに微笑む。


「ああ、貴方達は確実に家族になっていっているのですね…嬉しいです」


車椅子でゆっくりと3人に近づくと、身を乗り出して抱きしめる。


「私の可愛い子供達…ずっとみんなで一緒に居ましょうね」

「っ…はいっ」


三人分の暖かさに包まれる。
体温だけでない身体の奥からの心地よく不思議な暖かさを感じながらブラッドはゆっくり目を閉じた。





(私、みんなと一緒に……がんばりたい)





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