2 「ジュリウスさん、私はどのくらいここにいればいいんですか?」 「…分からない。とりあえずは偏食因子が安定するまでだな」 病室のベッドに腰掛け、ブラッドはゆらゆらと足を揺らしながら、さらさらとメディカルチェックの項目を埋めていくジュリウスをじっと眺める。 窓から入ってくる柔らかい日差しがジュリウスの髪を照らし、きらきらと光っていて思わず手を伸ばす。 「何だ」 「えっ…?…あ、何でもないです」 「そうか。ああ、手はそのままでいい。脈をはかる」 「!」 急に手首を掴まれ、びくりと肩が跳ねる。その拍子にベッドからぬいぐるみが落ちてしまった。 「あ…」 慌てて拾おうとするとブラッドよりも早くジュリウスの手がぬいぐるみを拾い上げた。 「! あ、ありがとうございます」 「ああ」 「……」 …怖い人だと思っていた。誰かが苦しんでいても涼しい顔で眺めているような、そんな…。 『ジュリウスは今まで他の子と居る機会があまりなかった子です。だから、貴女とロミオがジュリウスのお友達になってあげてね』 ラケルに言われた言葉を思い出す。ずっと独りで居るのってきっとすごく寂しい気がする。 「…以上でメディカルチェックを終了する。何かあればコールしてくれ」 「は、はい。あ、あの…っ」 何か話をしようとして呼び止めると、立ち上がったジュリウスは腰に手をあてブラッドを見る。 「お話しま…」 「よお、新人…げっ!ジュリウス…」 慌ただしい足音と共に病室の扉が乱暴に開かれる。ブラッドが再び驚きぬいぐるみを落とすと、ジュリウスは扉の方を一瞥してため息をつき、ぬいぐるみを拾ってブラッドに渡した。 「…ロミオ」 「わ、悪い…ごめん」 オレンジ。彼の第一印象だった。 お洒落が好きそうな服に身を包み、可愛らしいバッチをつけたニット帽の下には金の髪が見える。 自然と背を伸ばさせる厳かな雰囲気を持つフライアと彼はあまり結びつかない。 「…あ!その子が噂の新人さん?」 「…俺は紹介するまで待てと言ったはずだが?」 「ま、まあいいじゃん!ラケル博士もそろそろ大丈夫って言ってたし!な?」 あまり気にしていないのか、ロミオはぱあっと笑顔を見せ、ブラッドに近づくと今までジュリウスが座っていたパイプ椅子にどさりと座る。 「俺はロミオって言うんだ。お前とは同期なんだけど先にブラッドに入ったからお前の先輩だな!」 「あっ…は、はじめまして…私、ブラッドです。その、よろしくお願いします!ロミオ、先輩…?」 「同期に先輩も後輩もないだろう」 「分かってないなあ、ジュリウスは。上下関係って大事なわけ。いいか、ブラッド!ジュリウスはゴッドイーターとしては俺らよりも大先輩なんだぜ」 「えっ!そ、そうなんですか…?ジュリウスさん」 「お前たちより年上なだけだ。ロミオ、やることがないならブラッドの相手をしてやれ」 「りょーかい!」 「あ、あのっ…ジュリウス、先輩も一緒にお話しませんか…?」 病室の扉に手をかけていたジュリウスは顔だけ振り返る。 「話し相手ならロミオにしてもらえ」 「あ…」 ばたん、と扉が閉められる。しょんぼりと肩を落とすブラッドを見て、ロミオは「あのさ、」と耳打ちをしてくる。 「ジュリウスってさ、いつもあんな感じだからさ。お前が気にすることないって」 「ロミオ先輩…」 「あ、それ、お前の?」 ロミオはブラッドが抱きしめていたぬいぐるみを指差す。 「?はい」 「ちょっと貸して」 「あっ…」 慌ててぬいぐるみを取り返そうとするとロミオはぬいぐるみの腕を持ち、ニキの頭を撫でる。 「ブラッドには俺もロミオもいるから大丈夫だ!」 「ぷっ…えへへ、ありがとう」 ぬいぐるみが喋っている真似事をするロミオの優しさに笑顔が零れる。ブラッドが笑ったのを見るとロミオも笑い、ぬいぐるみを返してくれた。 「ここで働いてる奴らって結構ジュリウスみたいなタイプ多いからさ。絡み辛いかもしんないけど頑張ろうぜ」 「はい、大丈夫です。ジュリウス先輩も優しい人だから」 「優しい?ジュリウスが?」 「この子を落としちゃったとき拾ってくれました」 「ふうん。ジュリウスが…」 「私、ロミオ先輩とジュリウス先輩とお友達になりたいです」 ロミオはキョトンとした顔をして、友達、と呟いた。 「友達…友達か。うん、なんかいいな、それ! よおし、ジュリウスを俺らの友達にしようぜ!」 「はいっ」 ゴッドイーターになって数日。 これから辛いことが山程あると思うけれど。 どんな困難でも一緒に乗り越えられる仲間になりたいとぼんやり思った。 (本日のメディカルチェックを始め…また居るのか、ロミオ) (友達なんだから当たり前だろ!) _ |