あの子のこと





ああ、喉乾いたなあ、と思って自販機に向かう。そこには先客がいた。


「こんにちは」

「おーっす」


何度か一緒にミッションに行ったと思う。でも、どうしても名前が思い出せない。おっかしいなあ、俺、人の名前ってすぐ覚える方なんだけど…。


「んー、何がいいかなあ。…なあ、何飲んでんの?」


チラリとそいつを見ると、手に持っていたのは、発売以来酷評の初恋ジュースというあれだった。


「それ、まずいだろ?」

「いいえ。すごく美味しいです」


初めて飲んで後悔しているのかと思ったけど、違ったみたいだ。話によると、バーストに貰って以降、気に入ってしまいよく飲むのだという。

こうやって普通に会話ができる関係なのに、名前を思い出せないのが歯がゆい。てか、バーストにおごってもらったのか。…羨ましい。


「コウタ」

「えっ!な、なに?」


急に名前を呼ばれてびっくりした。俺の名前、ちゃんと覚えられてんじゃん。


「コウタは、バーストを好きなんですよね」

「ぶっ!ごほっ…や、俺は、げほ、なんつーか」

「好きじゃないんですか?」


いやいや!


好き、だけど…。そういうデリケートな話は場所を考えて欲しいわけで。ふと、癖のある黒髪が揺れて、長い下睫毛のはえた蜂蜜色の目と、目が合う。


「僕は、バーストのことが好きです」

「え…?なに…」

「だから。正直、彼女のことは貴方には任せたくありません」

「なっ…」


曲がることを知らない真っ直ぐな瞳。それが人間じゃないみたいで、ぞくりと鳥肌が立つ。


「貴方がバーストのことを好きだと誇れないなら、隣にいるのは僕か…」


リンドウでいい、と聞こえた気がした。けど、分かんない。混乱て今の俺の状態を言ってんだと思う。


「つ、まりさ…お前、あいつのこと好きなの…?」

「はい」

「ま、まじか…」


確かに…何だかんだ自分の意志を持ってるし、強いし、なのにどこか儚くて守ってやりたいし、みんなに信頼されてるし、一途だし、おまけに顔も可愛い。
…好かれることはあっても、嫌われることは滅多になさそう。


「なので、彼女に構わないでください」

「っ」


あいつを好きだって言えないなら諦めろ、か。そりゃ、俺の態度って曖昧だもんな。アリサにもよく言われるけど。好きならもっとアピールしろってさ。分かってるけど、簡単じゃないんだって。


「あいつって前のリーダーのこと好きでさ」

「リンドウさんですよね?」

「うん。多分この先、あいつはずっとリンドウさんを想い続けると思う。…あいつって、優しいじゃん?だから、いつも悩みとか不安とか誰にも言わないで溜め込んで。だから、誰かがそれに気付いてやんないといけないんだ」


儚げな表情が頭に浮かぶ。どこか、いつも泣きそうな目を思い出す。


「リンドウさんが居たときは、それに気付いてたのはリンドウさんだけだった。でも、今は、俺が一番気にかけてるって思ってる。もし、俺があいつに告白したら、あいつ、きっと、誰にも相談できなくなるだろ。そんなの、嫌なんだ」


彼氏として側に居れなくても。
あいつの不安とか辛いこととか、ちょっとでも俺が楽にできたら。


「今はそれでいいって思ってる」

「…そう、ですか」


沈黙。うわあ、なんだこれ、超恥ずかしいじゃん。持っていたジュースを一気に飲み干す。


「コウタ?」


…え?


「あ、バースト」

「ぶっ!!」


再び、ジュースをふきだす。俺、ほとんど飲んでないじゃん。


「ミッションお疲れ様です。怪我はありませんか?」

「はい。ありがとうございます。…珍しい、組み合わせですね」

「コウタと貴女のことでちょっとお話を」

「ちょっ!」

「私のこと、ですか?」

「そうです。ずっと、気掛かりだったんですけど、安心しました」

「安心?」

「今はまだ秘密です」


…どうやら言うつもりはないようでひとまず安心だ。


「ところで、バースト。また少し無理したんですね?装甲で防ぎきれていないじゃないですか」

「あ、いえ…」


大丈夫です、と両手を振る仕草は可愛らしいけれど、相変わらず謙虚すぎるというか。無理はしないで欲しい、と伝えようとしたときに遠くからタツミさんがカノンさんを叱る声がした。どうやら今日は第二部隊とミッションだったらしい。
…なんとなくいつもより怪我が多い理由が分かり苦笑いするしかない。


「…仲間が大切なのは良く分かります。でも、貴女も仲間なんだから無理しないでくださいね」

「はい…いつも心配させてしまってすみません」

「謝らないでよ。ありがとう、だろ?」

「は、はい…ありがとうございます」

「放っておくのも良くないので医務室に行きましょう」


バーストは素直に頷き、医務室に入っていく。


「コウタ、もしもの時はバーストのこと…」

「ん?」

「…いえ、なんでもありません」

「?」

「レン」

「あ、はい。今行きますね」

「あ…!」


レン。
そうだ、レンだ。やっと名前を思い出した。


「それでは、失礼します」

「あ…。おう、またな!」

「…バーストのこと頼みます…」


初めてレンの瞳が人間らしくなった気がしたけど、それに気をとられて何を言ったかは…聞き取れなかった。



(もしも)
(僕もリンドウも居なくなったら)
(貴方が彼女の側にいてください)






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