「なんで神機を変えたの?」




頭が痛い。ジュリウスは、思わずつきそうになった溜め息をぐっと堪え、口を開く。


「つまり、だ」


隊長に任命されたとき、それなりの覚悟はした。隊員の命を預かることも、自分が全て決定権を持つことも…一人一人にあるであろう要望をなるべく聞くことも。


「お前は、ショートブレードでなくロングブレードを扱いたいと。間違いないか?」

「はいっ」


…どうやら聞き間違えではなかったらしい。だが、要望の意図が分からない。目の前に座るまだ幼い印象の少女は、全ての神機を使った上で小柄ということがあり、ショートブレードを使っている。適合率も悪くない。


「理由を訊かせてくれ」

「えっ…と、言わないと駄目、ですか…?」


「…なるべくなら」


普段の仕事は勿論アラガミの討伐なのだが、隊長という立場上やはり多少の執務もある。ガリガリと紙にペンを滑らせながら報告書をあげていく俺の向かいに座った新入り…★は居心地が悪そうにそわそわとしていた。


「その、き、嫌いにならないですか」

「…?」


嫌い、の意味が分からない。何故そんな話になるのか。


「俺がお前を嫌いになるような理由なのか?」

「それは…分からない、です。あの、隊長次第、かと…」


なんとも歯切れが悪いと思う。


「…俺が、お前と出会ってから1ヶ月ほど経つと思うが」

「…はい」

「1ヶ月の間お前を見てきて、どんな奴かは理解してるつもりだ。だから嫌いになるということはない」


目に見えて★が安心しているのが分かる。先を促すと、暫く躊躇った後にゆっくりと口を開いた。


「あの、わたし」

「ああ」

「…ジュリウス、隊長のこと…すきです」

「? 前にも言ったと思うが、俺もお前達のことは家族同様に思っている。俺たちは同じ血を分けた兄妹だ」


思いを思いで返してもらうのは、嬉しい。だが、ふるふると首を横にふる★を見るとどうやらそういうことではない、らしい。


「そう、じゃなくて…あっ、もちろん、みんなと家族ならすごく嬉しいです」


でも、そうじゃなくて…と後半はもごもごと小さくなりよく聞き取れない。どうしたものかと考えていると、★は腕輪をしている腕をこちらに出した。


「腕輪、触ってください」

「…感応現象が起こるぞ」

「し、知ってます…。でも、これが一番分かりやすいと思って…」


知識だけで、体験したことはないのだろう、細い腕は小刻みに震えている。安心させるように左手で★の手を握ってから、右手を腕輪に重ねる…直前で小さく深呼吸をする。何度か体験したが、あまり好きになれるような感覚ではない。


「大丈夫だ、すぐに終わるから」

「…っ」


自分にも言い聞かせるように声をかけると、★はきつく目を瞑ったまま何度も頷いた。
ゆっくりと、腕輪に触れた。


「っふ…」

「…っ」


流れて来たのは、感じたことない感情。胸が詰まりそうで苦しいのに、何故か幸せな…。これは。


「好き、なんです」

「っ!」


咄嗟に手を離した。そのまま口元を覆う。これは、つまり、そういうことなのだろうか。


「っ」


顔を赤く染め、俯いている姿を見る限りそうなのだと思う。物わかりが良く素直で明るい新人の女の子、そんな風にしか考えたことがない。好意を持ってくれていること自体は、とてもありがたい、のだが…。


「あの、返事が欲しいわけではなくて!だから、その…ただ役に立ちたいなって」

「…それが、どう繋がるんだ」

「その、私が一番適合率が高いのが、ロングブレードで、もしかしたら…ショートブレードよりも資質があるかもしれないって」

「…聞いたのか」

「は、はい。もちろん今の私の身体能力だと難しいことも分かってます。でも、私がもっと頑張れば扱えるようになるって。そうしたら、ショートブレードを使い続けるより伸びるかもしれないって…だから、」

「…」

「だから、了承してください。私が、その…そ、そういった気持ちを持っているのを知っても、し、指導していただけるのなら」


しばらく、お互いに無言になる。こういった好意を真っ直ぐに伝えられたことはない。


「…ゴッドイーターとして役に立ちたいとただ言えば良かったのに、好意も伝えてくれた理由はあるのか?」

「…ロングブレードを扱うことになった時に指導をしてくださるのは、隊長だと思います。その時に何かの拍子に私の気持ちが、その、ばれてしまった時に支障をきたすのが嫌だったからです。…言ったとおり、私は隊長のことが好きです。けど、それ以前に、隊長も私もゴッドイーターだから」


つまり、ゴッドイーターとして一番役に立つための方法をとるために、事前に気持ちを伝えることで、後に問題を起こさないようにした、というところだろうか。


「お前の気持ちは分かった。…あと、ありがとう」

「っ、は、はい…」


本来なら今のままシエルに任せるのがいいのかもしれない。でも、事前に伝えるのは覚悟がいっただろう。告白をしたかったというより、本当に役に立ちたいと思ったがための行動のように思う。


"隊長も私もゴッドイーターだから"

そう、理解しているのなら。


「…いいだろう」

「!」

「ただし、好意を知ったところで甘くしたりはしないぞ」

「も、もちろんです!」

「そうか。では、改めて、よろしく頼む」


手が差し出される。なにか分からなくて、一瞬呆気にとられてから、慌てて服で手を拭いたら、隊長に笑われてしまう。


「よろしくお願いします、ジュリウス隊長」

「ああ」

「あ、あと!」

「?」


大きく息を吸う。ちゃんとこれも伝えておかなきゃ。


「隊長に振り向いてもらうのも諦めませんので!覚悟しててくださいっ」

「ふはっ…そうか。それは覚悟しないとな」



この日以降、★の真っ直ぐな好意に振り回されることになるとは、まだ思いもしないのでした。



(よっジュリウス!)
(コウタ隊長?)
(相変わらず★はベタ惚れみたいだな!)
(…ご迷惑をおかけしました)






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