「夏祭り二人で行かない?」

どういう意図で言われた言葉だったのか、ただの気まぐれか。なんで私が?自分の都合のいいように解釈するのは簡単だけれど、そんなはずはないと否定するのに十分なほど御幸はみんなの憧れの的だった。御幸の後に誘ってくれた友達に、断りを入れると男子?と問い詰められた。言うつもりはなかったけれど、めっちゃ興奮した友達の剣幕には勝てなくて御幸だと告げると、チャンスじゃん!とか羨ましい!とか。きっと、そういうのじゃない。

待ち合わせ場所に着いたのは20分も前で、気合い入れすぎみたいで少し恥ずかしくなった。前髪を撫でつけて崩れてないかなって確認する。視線を落として一年ぶりに引っ張り出した浴衣を眺めて思う。御幸ってこういうの嫌いじゃないかな?いや、なに考えてる、ちがうそういうのじゃない。

「ごめん待った?」
「あっ、いや、今来たところ!」
「まじ?ならよかった。俺早く来すぎちゃってちょっと時間潰してたから」

すれ違いにならなくてよかったと笑う御幸の手には真っ赤なあんず飴がふたつ握られていた。ふ、と御幸から笑顔が消えて、透き通るようなその瞳とぶつかる。

「あのさ…」
「うん?」
「いや…。あ、はいこれ、好きって言ってたよな?」
「覚えててくれたんだ、ありがと。お金…」
「いいじゃん、これくらいおごらせて」

がさごそと鞄の中を探っていた手を止めて御幸を見る。でも…ともう一度動かしたところに、こういうのは甘えるもんだぜなんて言うから、あんまり遠慮するのもなあって思って甘えることにした。もう一度お礼を言うと御幸は首を振って目元を緩ませて口を開くのだ。

「それ言うなら、来てくれただけで俺こそじゅうぶん感謝してるよ」

どくりと心臓が鳴いて、勘違いするなって自分に言い聞かせる。こちらこそなんて呟くのが精一杯だった。持て余した間にぱくりとかじったあんず飴のあまずっぱさに心臓が更に疼いた。

「あれやりたいな」
「輪投げ?」
「うん」

取り繕うように、屋台へ小走りで逃げ込んだ。愛想のいい屋台のおじさんに一回お願いしますと料金を支払うと、隣から俺もと御幸の声が追い掛ける。

「じゃあお姉さんはそこの前の線からで、彼氏はそっちの線からだよ」
「か、彼氏じゃな…」
「よーし!負けないぜ」
「えっ」
「ははっ、間抜け面」
「まぬけって…!」

御幸はおかしくてたまらないとでも言うように肩を震わせている。私は不本意ながら少し眉間に皺を寄せて浴衣の袖をたくし上げると、おおーとかなんとか言って茶化して来る。なんでこんなに余裕なの。彼女とか彼氏とか言われて私は動揺してしまったと言うのに。温度差、だ。御幸は私のことなんてなんとも思っていないでしょう?でも大丈夫。同じ気持ちだなんて勘違いしないから、きっと傷は浅くて済む。

「なに狙い?」
「貯金箱」

ぶっきらぼう気味に答えて、私は足に力を込めた。

◇◆◇

「残念だったな、あとちょっとだった」

私の手には私が狙っていた景品の貯金箱が握られていた。シルバーの缶の冷たさは人ごみの熱気にやられてまるで始めから存在していなかったようだ。

「本当にもらっていいの?」
「ん、そのためにとったんだし」
「ありがとう、嬉しい」

もうすぐあがる打ち上げ花火がよく見える穴場スポットと噂の場所は御幸オススメの場所らしい。多くの人の流れとは逆の経路を辿りながらそこを目指していた。今年の花火は御幸と二人で見られる。なんて幸せだろう。例え、御幸が私の気持ちに気付いてなくても。例え、御幸が私をなんとも思ってなくても。この時間は確かに存在するのだ。

「機嫌治った?」
「うん、シャクだけど」
「はっはっは、可愛くねえ!」
「ごめんね、可愛くなくて!」
「ううん」
「え…」
「お前は可愛いよ」
「ありがとう。さ、花火はじまっちゃ……」

勘違いなんて、しないから。そう、自分に言い聞かせて、高鳴る心臓を無理やり押さえ込んで、気づかないふりをしたのに。前に進もうと踏み出し、カランと鳴った足元はそれ以上音を鳴らさなかった。私の腕を御幸の大きな手が掴んでいて、離さない。ゆっくりと振り返ったら御幸が、優しく、それでいて強い光を目に灯して私をみつめていた。

「浴衣、すっげえ似合ってる」
「うん……ありがとう」
「さっきから言いたかったんだけど言えなかった。…それに」
「うん?」
「…好きなんだ」
「……」
「ずーっと前から、好きだったんだ」

浴衣ごしに伝わる御幸の温度が一際高くなった気がした。嗚呼、自惚れてもいいの?私が頷き、想いを告げるのと夜空に花が咲くのは同時だった。

おいでよお嬢さん、秘密を唱えてあげようね

140802
title by メルヘン
picture by アポトーシス
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