変な話

朝、教室に入るとなにやら教室の後ろの方がガヤガヤ騒がしかった。昨日は深夜番組を見ていて寝不足だったから着いたら即行で寝ようと思ってたのについてない。


「んーうまいぜサンキュ!」
「ブンちゃんこれもこれも!」


ガヤガヤの原因は私の隣の席の丸井ブン太らしい。派手で目立つタイプのD組の女子が飼育員のごとくニコニコとブン太にお菓子をあげる。それを食べる度にかわいいだの、きゃっきゃうふふと騒ぐ。女の子らしい甲高い笑いが響くここにはどうやら私の安眠はないようである。軽くため息を漏らして屋上へと足を向ける。机の上に鞄を置いて学校来てますアピールをしといたから欠席をとられることもないだろう。さあ、一眠りしようと思ったら先客がいた。ふわふわと揺れるシャボン玉、銀髪、細く締まった体。


「おはようさん」
「あー仁王、いたの」
「まあ待ちんしゃい」


静かな所で寝ようと一人になれる場所を求めて来たのに、人がいるのなら元も子もない。屋上という選択肢に頭の中で赤い二重線を引いて立ち去ろうとした私を仁王の冷たい手が引っ張って静止する。


「手、冷たいね」
「低血圧やからのう。なあ、寝ようと思って来たんじゃろ?」
「まあそうだけど」
「だったらほれ」


フェンスに寄り掛かって座り込んだ仁王がきらきら微笑みながら自分の膝をポンポン叩いた。きらきら?なにか企んでいるのかもしれない。彼お得意の詐欺かもしれない。


「ずいぶん疑い深い目しとるの」
「だって仁王がきらきらしてるから」
「変なこと言いよるのおまえさんは」


仁王は乾いた声で笑う。その場の空気にさっと溶けてくようなそんな笑い声。一滴の水分も含んでいないようなそんな笑い声。国語の通知表がいわゆるアヒルしか並んでない私にはその程度の表現しか出来ないけれどそんな感じ。私はなんだか仁王が消えてしまうような不安に襲われてしまう。


「あのさ仁王」
「なんじゃ?」
「消えないでね」
「消えんよ、おまえさんの側にずっとおるき」


嘘だと思った。相変わらず乾いた笑い声を伴う仁王は冷たい冷たい手のひらで私の手首を掴んだままで、仁王は確かにここにいるのに。消えない不安が私を取り巻いて離さない。


「…うそだ」
「嘘じゃなか、オレの頭の中はおまえさんのことしか詰まっとらんよ」
「はいはい」
「信じとらんじゃろ、なんなら見てみるか?」


いたずらに笑われたけどこの冗談はスルーする。このままでは埒があかない。まさに暖簾に腕押し、ぬかに釘。国語苦手だけど、なんだ結構出てくるじゃん。今私が仁王に対して何かを言葉を発してもそれらはすべて完全に流されてしまうに違いない。だから口より体を動かして私は仁王の手を解こうとしたのにそれを彼は許してくれない。その代わりに、がっちりと力が入って仁王は浅く息を吸って口を開けた。


「いやじゃ」
「ん?」
「まだおってくれんかのう」


1限の始まりを知らせるチャイムの音が遠くに聞こえる。ぞろぞろとグラウンドに出てくる体操服の集団を視界の端に捕らえながら私は一歩も動けずにいた。もう今年もあと1ヶ月足らずで終わるというのに、寂しそうに吐き出された言葉が白く染めあげられるほどまでの気温ではなかった。私の手首を掴んだたままの仁王の手は氷のように、ひどく冷たいけれど。そんな12月3日のことである。


仁王の誕生日が明日、12月4日だというのは前日の放課後に初めて知った。

「終ーわりっと」
「なんか丸井、今日機嫌いいね」
「わかる?今日はテニス部で1日早い誕生パーティー焼き肉食べ放題なんだぜ!ご飯もおかわり自由!」
「いいねー。私からもおめでとう言っておいてよ」
「自分で明日直接言えば良くね?」
「え?」
「あれお前知らねーの?明日仁王の誕生日なんだよ」


掃除用具入れに箒を突っ込む丸井は目に見えて上機嫌だった。知らなかったと答える私に丸井はテニスバックを背負いこみながら不思議だという顔をする。


「あそうなのか。なんか意外」
「そう?」
「まあ明日にでも言ってやってくれ」
「わかった。じゃあ楽しんできてね」
「もちろんだぜ。じゃあな」


今流行りのドラマの主題歌なんかをふんふん歌いながら丸井が去っていく足元をぼんやりとみつめてる端に、丸井のものとは別の上履きが教室のタイルに乗っかるのをとらえて反射的に顔を上げる。


「おい仁王、お前主役なんだから急げよぃ」
「スマンの」
「先行ってるぜ」
「仁王あのさ、明日誕生日なんだって?」
「そうじゃよプレゼント楽しみにしとるぜよ」
「考えとく」
「素直じゃないのうおまえさんは」


仁王はそんな私に短く笑う。私も思わず笑みが零れる。仁王はやっぱり仁王だ。あの昼間に垣間見た雰囲気が私に纏綿とするのがようやく薄れていく。 去り際に仁王は振り向いて思い出したように呟いた。


「明日は雪降るけん温かくして寝んしゃい」


その夜、私は仁王へのプレゼントを枕元に位置させベッドに潜り込んだ。明日おめでとうという言葉と共に渡したら彼はどんなリアクションをしてくれるだろう。喜んでくれるだろうか。らしくないって笑われるだろうか。夜は更けて瞼が段々と重くなる。明日は仁王の誕生日だ。


続きます。
110308/雪解けの季節です(前編)
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テーマ「人外ファンタジー」
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