「このようなことをされては困ります」 全然困ってなんかいないようにノボリさんは言いました。ノボリさんのピンと綺麗にアイロン掛けされているシャツの背中に私は頬を寄せます。ノボリさんは低体温なのでしょうか、私よりその背中の温度は冷たくて私の火照った頬にすんなりとマッチしてとても心地が良いのです。 「ノボリさん、ノボリさん」 「今日は一段と甘えてきますね、どうなさったのですか?」 どうもしませんよと笑うとノボリさんは黙りこくってしまいました。私はノボリさんが何も言わないのを良いことにぎゅうっときつくノボリさんを締め付けるのです。少しでも私がノボリさんにくっついていた証拠を、跡を、刻むようにきつくきつく。私が抱きついてもノボリさんの細く締まった体からお肉がはみ出たりなんかしないのです。そんな彼のスタイルに私は妬けてしまうしかない。 「申し訳ありませんが、離れて下さいませんか?」 「なんでですか?」 「それは申し上げられません」 言えないってことはないでしょう。そんなことを口に出す代わりに私は腕を強めるのです。ぎゅうぎゅうと。そして思い出します。初めてノボリさんに会った日のことを。 ▲▲▲ 8個目のバッジを手にしてリーグ挑戦前に一息つこうとやってきたライモンシティ。気まぐれにバトルサブウェイに立ち寄り、シングルトレインに乗車して20勝した私は21戦目でサブウェイマスターであるノボリさんに出会いました。とても強かった。20勝した私だったけれど彼が手持ちの3匹目を出すことなくして惨敗したのです。 「あなた様は強いですね」 「でも負けは負けです」 「あなた様はもっともっと強くなられます。なぜならわたくしが対戦してきたどのトレーナーよりもあなた様は強い目をなさっているからです」 静かに放たれた言葉は私の目頭を優しく刺激していきました。 「対戦出来たことを大変嬉しく思います」 深く深く下げられた頭に私の心奥底で何かが息をし始めたのをまだこの時は知らなかったのです。 ▲▲▲ 「何を笑っていらっしゃるのですか?」 「笑ってました私?」 「ええ、背中越しですがナマエが幸せそうに笑っているのがわかります」 「ノボリさんが」 「はい?」 「ノボリさんが大好きで仕方ないなあって」 言っちゃったなあという自覚はあったけれど、素直に口をついて出てきた言葉は紛れもない事実であるのだから私は後悔なんかしていないのです。ノボリさんがピタリと動きを止めたのが抱きつく腕から、頬から伝わってきます。その次に頬に当たるのはアイロン掛けされているシャツでも空気でもなくて、滑らかな手袋でした。ノボリさんの伏せられた長い睫が影を縫い付ける。触れるだけのキスが落とされました。 「全く…だから困ると言ったのです」 次々とキスを落としながらノボリさんは静かに呟くのです。私は瞳を震わせながら、ノボリさんの一挙一動に発熱するしかないのでした。 純真をなぶる 110329/タイトル 棘 |