「あなたの席はあの空いとる席やから」


テンプレートな転校のあいさつを皆の前で済ませた私に担任の先生は優しく言った。うなずいて、一歩一歩と教室のタイルを踏みしめる私に刺さるのが好奇の視線だったのは、人間のごく自然な行動だから仕方ない。私のために用意された席は廊下側一番後ろ、男子のとなりだった。パチリと目が合う。優しげな瞳が私をとらえた。にこり、愛想の良い笑みをこぼして彼は言う。


「これからよろしゅう」
「よろしくね、ええっと…」
「志摩廉造いいます」


転校初日、初めてしゃべった相手、志摩くんに私の胸はじんわり温かくなる。そんな風にして私たちは出会った。







志摩くんが極度の女好きであるというのに気付くのにそれほど時間はかからなかった。ああ、今日だって。Aちゃんがかわいいだの、Bさんの脚線美はたまらないだのetcetera。それを楽しそうにハートを飛ばしながら話すもんだから私はあきれてしまう。いや確かにAちゃんはかわいいし、Bさんのスタイルは抜群だ。けどそれを女である私に言うってどうなの?みたいに思うわけである。そういうのは男子同士でこそこそ話してればいいのに。散々女の子を愛でた後、決まって志摩くんはいつも私の手を取って言う。


「まあ、一番かわいいんはキミやけどな」


志摩くんが何を考えているか私にはよくわからない。適当にあしらうと「冷たいわあ」って志摩くんは眉を下げる。その様子がおかしくて思わず吹き出すと、志摩くんもニヤリと笑う。また胸がじんわり温かくなる。志摩くんといると楽しい。私、きっと志摩くんが好き。







忘れ物をしたなって気づいたのは、校門を出たところだった。忘れ物っていうのが、数学の教科書だったならば別に気にしないんだけど、ていうか気づかないんだけど。それが携帯だったから大変である。年頃の私は携帯電話がなければ多分夜も眠れない。友達に先帰ってて、という言葉を告げて、踵を返し、私は学校に戻る。

自分の教室に入って携帯をブレザーのポケットに突っ込む。これで一安心。帰ろうと隣のクラスの前を通り過ぎようとしたら、男子と女子の影が見えた。受験期だっていうのにお盛んだなあって半ば嫌みったらしく思っていると、聞こえてきた声に、私の足は止まる。


「私、志摩のことめっちゃ好きやねん」
「俺も好きや」


なんでなんでなんで?志摩くんが彼女を抱きしめて、そのまま重なる2つの影?志摩くんの目が、女の子越しにチラリと私の目を捉えた。彼女の背中に回る志摩くんの手?はじかれたように私は走り出す。なんでなんでなんで。どうやって家についたのか、記憶がない。携帯電話は手元にあるっていうのに私は全然寝付けなかった。







志摩くんが女の子を好きって言って、抱きしめて、そういう現場に面して、私の胸はじくじくと痛んだ。彼女に感じたのは、嫉妬、そういうきれいじゃない感情だ。


「志摩って高校東京らしいで」
「え?」
「ほら、実家お坊さんやん?だから東京で勉強するんやて」


友達が何気なく言った一言に、私は心臓が飛び出てしまうんじゃないかと思った。大きくなる鼓動とは裏腹に、血の気がサアーッとひいていく。なんでなんでなんで。泣きそうになる。大丈夫?って言う友達に、ちょっとお腹痛くなっちゃったって笑顔を作り、教室を出た。

ああ、どうしてだろう。人気のない空き教室に逃げ込んだ私の視界に机に座り込んだ志摩くんが割って入る。思わず流れそうになった涙をグイとこらえて、部屋を出ようとした。


「行かんといて」


ストンと、机から飛び降りて志摩くんが眉を下げた。私は、逃げ出したい気持ちと、志摩くんと話したい気持ちとがゴチャゴチャになる。そうこうしている間に志摩くんは私の前まで歩み寄って来た。


「昨日見たやろ」
「…うん」
「せやけど、オレがいちばん好きなんはキミ…」
「もういいよ…」


もう疲れたよ、志摩くん。だって志摩くん東京行っちゃうし、私、嫉妬する嫌な女だもん。私、寂しいんだ。志摩くんが側に居なかったら、もっともっと嫌な女になっちゃう。だから、もう私に気を使わなくていいよ。ポロポロ涙をこぼして私は溢れ出す感情を志摩くんにぶつける。別に私、彼女でもなんでもないのに。もう、志摩くんも本当に嫌気がさしただろうな。


「じゃあ、私行く…」


最後まで言い終わらないうちに、言葉を志摩くんに塞がれる。壊れそうな脆く優しいキスをして、志摩くんは言う。


「好きや」


嘘ばっかり。


曖昧な口づけで誤魔化して
111119/ 僕の知らない世界で さまへ提出
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