あるところに志摩廉造という男の子がいました。あるところというのは日本の首都、東京です。元々、彼は京都で生まれ、育ったのですが高校にあがる際、祓魔塾がある正十字学園に入学するためにこちらの寮に入ったのでした。


「志摩、これ」
「なん?」
「今日、家庭科の実習で作ったの」
「くれるん?」


声を出す代わりにコクリと頷いたのは名字ナマエ。彼のクラスメイトであり、同じ祓魔塾の仲間でもあります。彼女に差し出されたタッパーをおもむろに開けると中から綺麗な形をしたクッキーが姿を現しました。チョコチップ入り。志摩が一枚を手に取り、パクリとかじるのをナマエは心配そうにみつめます。


「めっちゃうまいやん!」
「ほんと?良かった」
「ちゅーかナマエちゃんが作ってくれはるんなら何でもうまいに決まっとるんやけどな」
「もう、冗談うまいんだから」


本気にしてない、そんな風な笑顔を作ったナマエは、じゃあね、とスカートを翻して屋上を去って行きます。バタンとドアの閉まる音がして、志摩はフェンスに背中を預けて寄りかかります。ふうと息を吐いて空を見上げると、憎たらしいほどに青くてなんだか無性にイラつきます。


「これは脈ありなんやろか…?」







教室に戻って志摩が一番先に探してしまうのがナマエの姿なのです。まるでナマエ探知機でも付いているかのように、志摩にとって彼女を見つけるのは容易いことなのでした。見つけた、と思うと同時に隣にいる姿に胸がチクリと悲鳴を上げました。タッパーを持つナマエの隣に、坊の姿を見つけたのです。志摩は自分の腹の奥底で良くない感情がむくむくとせり上がって来るのを感じました。なんでやねんなんでやねん…。


「ナマエちゃん!ちょおこっち」
「え、志摩?」


せり上がる感情がただひたすらに、志摩を突き動かします。グイグイとナマエの手を引っ張り、自分はどこに向かってるのか、彼の頭の中は空っぽでした。


「志摩、痛いってば」


ナマエの声に 我に帰った志摩はパッと手を離して謝ります。ずいぶん遠くまで一心不乱に歩いていたことにようやく気づきました。


「ごめんな」
「いや、いいけど。なんか志摩変だよ?」
「別に普通やろ」
「うそ」
「…あんな、ナマエちゃん今からゆうこと聞いたら幻滅してまうかもしれへん」
「別に今更幻滅することなんか無いから平気!」
「ひどいわ…」


にやり、ナマエは悪戯する子供のように微笑むと志摩をじっと見つめました。志摩は彼女のこの真っ直ぐな視線が好きでした。温かいそれは頬に熱を運搬します。


「俺、坊に嫉妬したんよ」
「勝呂に嫉妬…?」
「クッキーもろたの俺だけやと思っとったから」
「ごめんね」
「意味わかっとるん?」
「え?」
「ほんま鈍感やなあ」


いまいち意味がわかってないナマエに、思わずため息が漏れました。けれどそんなとこも愛おしいなんて言ったら、とんだナマエ馬鹿だと笑われてしまうでしょうか?キョトンとするナマエの細い背中をそっと引き寄せて彼女を包みます。心臓の音、聞こえてしまうかもしれません。


「ナマエちゃんのことが好きで好きでたまらんのや」


ようやく意味を理解したナマエが顔を真っ赤に染めるのを志摩はこれまた愛おしく感じるのでした。めでたしめでたし。


あなたとマーチ
110910/title にやり
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