退院したばかりの幸村くんが、いきなり「ご飯食べない?」って電話をかけてきたから私はもちろん自転車を猛スピードでこいで最速で会いに来たわけである。雰囲気のある和食カフェで注文を終え、お冷やを一口飲み、一息ついて彼は言ったのだ。


「全国大会で復帰することになったんだ」


思わずむせそうになったのをなんとか堪える。幸村くんが言った言葉に驚きと嬉しさと不安な気持ちが私の中に溢れる。幸村くんが大掛かりな手術を乗り越え、過酷なリハビリをこなしてきたことを私は僅かながら見てきたから、余計に複雑な気持ちになってしまう。


「先生のお墨付きだからね、何も心配しなくていいよ」
「え…?」
「ふふ、なんでわかるの?って顔してる。君の考えてること俺にはわかるよ、だっていつも側にいたんだから」


彼女と彼氏の関係じゃないのに、本気だか冗談だかわからない言葉を口にして優しく微笑む幸村くんのこういうところちょっと好きじゃない。少し赤くなった頬にお冷やで冷えた手を当てる。そんなこと言ったって私は、運ばれてきた焼き魚定食を上品に食べる幸村くんが好きで好きでたまらないのだ。








肌を焼く日差しと、突き刺すような歓声を全身に浴びながらもただひたすらに私の目は幸村くんのオレンジをみつめるだけだった。自分も観客の一員なのに、なぜだかその場の空気が人事のように思えてしまう。立海が、幸村くんが負けた。


「俺ね、」
「…うん」
「テニスをする意義は常勝を死守するためとしか考えていなかったんだ」
「…」
「でも、越前と戦って思ったんだ。テニスを楽しみたいって」


幸村くんを冷酷だと思う人もいたかもしれない。けれどそれはきっとちがう。幸村くんは常勝と謳われる立海テニス部の部長であって、その重圧は計り知れない。私には彼の辛さのすべてをわかってあげられない。それを考えると、胸のあたりがじんじんして、やたらと目が熱くなる。黙り込んだ私に歩調を合わせてくれている幸村くんが少し距離をつめる。躊躇いがちに握られた右手は涙が出そうなくらい優しく温かかった。







別れというのは突然やってくるものだ。暑さが身を引いた10月から親の仕事の都合で、私はアメリカに行くことになった。「日本に残ってもいい」と言われたけれど、私は共に行くことを選んだ。今日はいよいよ出国の日。仲良しの友達がたくさん見送りに来てくれて涙が出そうだった。幸村くんには言えなかった。絶対噂で気づいていただろうけど私の口から最後まで言うことをしなかった。別れを惜しみながらの友達との時間ももうすぐ切り上げなければならない。


「ねえ」


後ろから聞こえてきた声に身が固まる。振り返るとやっぱり幸村くんがいた。


「これ、この間ゲーセンで欲しがってたやつあげるよ」
「ありがとう」
「結構かかったんだよね」
「すみません、払います…」
「冗談に決まってるじゃないか」


幸村くんは腕に抱えていたテディベアを私に渡すとクスクス笑った。そのまま何事もなかったように幸村くんは友達の見送りの輪に混ざり込んでしまった。よく覚えていないけれど私は気づいたら飛行機のシートに座っていた。離陸を終え、上空で友達からもらった手紙やプレゼントを見て涙が溢れた。私はいい友達をもったと、そして本当に大好きだなあと実感する。みんなに会えなくなるのは寂しいけれど、頑張ろうと決めた。涙をぬぐって最後に幸村くんにもらったテディベアを抱きしめた。カサリ、とテディベアが巻いているバンダナから紙きれが私の膝に着地する。


『この手紙を読む君はもう日本の上空にはいないのかな?君がアメリカに行くというのを知った時はひどくおどろいたし、正直悲しかった。だってもっと頼って欲しかったからね。俺が入院した時、全国大会、それから後もすごく助けられたのに俺は何もできなかったね。ごめん。
あの日、越前に負けた俺を君は何も言わずに受け入れてくれたね。ありがとう。あの日初めて君の手を握ったけど俺の手震えてたの気づいたかい?でも君が優しかったから落ち着けたんだ。そしてテニスを楽しみたいってテニスを愛そうって強く思い直した。
次君と会う日までに君を愛するのと同じようにテニスを心底愛せることができたらいいと思う。それじゃあこの辺で。また会う日まで。
幸村精市』








あれから3年半の月日が流れた。日本へ向かう飛行機の中で窓の外を流れる景色をみつめた。私はこの春から大学生になる。大学は日本の大学に通うことを決めた。あの日、幸村くんにもらった手紙は読み返しすぎて少ししわくちゃになってしまったけれど大事に大事にテディベアと一緒に今私の横にいる。間もなく飛行機は着陸し、手続きを済ませてロビーに着く。久しぶりの日本に懐かしい気持ちに浸る。私は帰ってきたのだ。


「ねえ」


後ろから向けられた声にどくり、と心臓が跳ねる。おそるおそる振り返ると一人の高校生位の男の子。この声を、柔らかい雰囲気を、優しげな表情を私は知っている。ふわりと微笑んだ彼は私の手をそっと握りしめた。


「幸村くん?」
「ずっと会いたかったよ…おかえり」
「うん…」


3年半ぶりの幸村くんはあの頃と変わらないけれど、大人になっていた。私の手を握る手は大きくなっていたし、背も大きくなっていた。けれど幸村くんは幸村くんで。私は大好きだな、会いたかったよとか色々なことを考えるのだ。幸村くんはやっぱり優しく目を細めると微笑んで言う。


「あのね、俺、君に伝えたいことがあるんだ」



君は愛せているだろうか

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