耳に付けたイヤホンから流れるラブソングが脳と胸を切なく甘く刺激する。電車に揺られながら、ミュージックプレイヤーの形状を記憶するかのように右手を使ってくるくると撫でる。恋する私は歌の女の子を自分に重ねてしまう。そして相手の男の子はもちろん私が大好きなあの人なのだ。最寄りの駅に着いて改札にICカードをかざすとピッと音が鳴る。定期をしまおうとバッグを開けたところでケータイが振動しながら光り出す。ディスプレイを見れば見知らぬ番号。


「もしもし…?」
『もしもしこんばんは、ぼくは誰でしょう?』
「…クダリでしょ?」
『…』


今人気のイケメン俳優が爽やかにソーダを飲み干すポスターが貼ってある柱の影から負けないくらいイケメン(私にとっては)なクダリがブスッとふてくされながら現れた。


「つまんない。どうしてわかっちゃうの?」
「クダリの声、私が解らないわけないじゃん」


そう言えばクダリはふーんなんて言いながらもちょっと嬉しそう。自然に荷物を取られて手を握られる。手から伝わるクダリの体温は私の胸を高鳴らせるには最適だ。


「クダリ今日お仕事は?」
「早くおわった、言っておくけどサボってない」
「そんなこと言ってないよ」
「でも、そういう目してる」


気付いた時には数センチ先にクダリ。うすいグレーの瞳、キュッと上げられた口元。もう幾度となくクダリの顔を眺めてきたけれどいつまでたってもこの距離に心臓が慣れることはないみたい。固まってしまった私に気付いたクダリはニヤリと笑ってコツンとおでこをくっつけてくる。


「ナマエ?ぼくにみとれてどうしたの?」
「え」
「キスして欲しいの?」
「いや…その」


ぐいっと顎を持ち上げられて、反射的に目を瞑る。与えられるはずの感触はいつまでたっても来なくて、代わりに頬に甘い音が弾ける。目を開けばクダリの顔が街灯に妖艶に照らされていた。クダリはそのまま耳元へ、その柔らかい唇をスライドさせた。


「続きはまたお家で」
「ちょっ…」
「ガマン、ぼくだってこんなおあずけ辛いんだよ?」
「そういう意味じゃなくて…」
「かわいいナマエ、大好き」


クダリは人の話なんか聞かない。けれど私だって同じ気持ちだから、人のこと言えない。家へ帰ったらたっぷり甘えてそれから甘えてもらおう。もう一度しっかりと握られた手を見てそんなことを考えた。


やさしいひかり
110717/タイトル ごめんねママ
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