忍足謙也に初めて出会ったのは高校に入学して間もない5月、校庭の木々たちがビリジアン色でその体を覆い終えた初夏のことだった。


「あのーこれ落としましたよ」
「おん?おおきに」
「いえいえ」


廊下に転がった生徒手帳を派手にブリーチされた金髪の少年に手渡す。彼の背中に収まったラケットバックに懐かしく切なく心臓がざわついた。男の子はしばらく私の顔をじいっとみつめたかと思うと早口でしゃべり出す。


「なあ自分、関東の人?」
「え、うん。4月に東京から越してきたの」
「東京かー俺イトコが東京におんねん。氷帝言うんやけど知っとる?」


テニス、イトコ、氷帝。彼が口にした様々な言葉が一本の線になって私の脳内である結論にたどり着く。この男の子があの人のイトコだ。


「知ってるも何も私氷帝中出身だよ」
「ほんまかいな!ほなら忍足侑士知っとる?」


久しぶりに耳にしたあの人の名にどくりと跳ねる私の心臓は湖に斧を落とした童話の主人公のように正直で、なんだか嫌になる。


「どないしたん?」
「あ、ごめん。あなたは忍足謙也くんだよね?」
「侑士のやつどんだけしゃべってんねん」


謙也くんはぶすっとふてくされているけれどどこか嬉しそうで本当に侑士と仲良いんだなあって思う。


「じゃあね謙也くん」
「謙也でええ」
「え、でも」
「かまへんかまへん、みんなそう呼ぶねんから!」


少しぶっきらぼうに言い放つ謙也くんはフイと視線を窓の方に向けた。初夏の風が吹き込んで彼の金髪をさわさわとなで上げた。途端に胸が淡く痛くなったのは、きっと横顔にあの人の影を重ねてしまったからなんだろう。







それから私は謙也と例えるならば季節が巡るよりも速いスピードで仲良くなった。謙也は私が知らないことをたくさん教えてくれた。美味しいご飯を食べに連れて行ってくれたり、地元の人しか知らないような絶景スポットへ連れて行ってくれたりした。謙也といるとすごく楽しくて時間がたつのが早く感じられるのだ。1年にしてレギュラーを掴んだ謙也の試合を見に行ったあの日まで、私たちはすごく仲良しな友達なんだってそう思ってた。


「ずっと好きやった」
「…」
「今日絶対勝つから見とって」


観客席の緩いブルーの座席に座って私は謙也の言葉を頭でリピートさせる。謙也が私を好き。私はどうなんだろう?謙也がラケットを握りテニスをする姿に懐かしい何かが胸の辺りを突き刺していく。違う、違うよ。私が今目にして、考えているのは紛れもない謙也なんだ。歓声が謙也を包み込んで勝利を告げた時、私は心に決めた。



「おめでとう」
「おおきに、それとな…さっきの返事はいつでもええから」
「好きだよ」
「おん、え!?」
「私も謙也が好きだよ」


謙也は少し頬を染めると太陽みたいな笑顔でおおきにって笑ったから私も笑顔が溢れる。私は謙也の笑顔が好きなんだ。







あんたらすごいラブラブで羨ましいわって友達たちが口々に言うように私たちは自分でも言うのもあれだけどなかなかいい関係であった。謙也の部活がオフの日はカラオケ行ったり、一緒に買い物したりしたし、テスト前は図書館で一緒に勉強もした。謙也といると不思議な程に話題は尽きない。どれだけ話しても話したりないねって二人でよく笑いあった。また、謙也は私を必ず家の前まで送ってくれる。そしていつも別れ際に謙也は私を抱きしめるのだ。「大好きや」って言いながら。そんなことを考えながら、私は謙也の部活が終わるのを教室で待っているところだ。その時、携帯が机を振動させる。謙也かな?よくディスプレイを確認することもせずに耳に押し当てる。


「もしもし」
「久しぶりやなあ」


耳に響く低いボイスの主は、忘れもしない私が大好きだった忍足侑士だ。


「侑士…?」
「元気しとる?」
「うん普通に」
「そらよかった。なあ自分謙也と付き合っとるんやって?」
「だったら?」
「あいつはほんまにええやつやから安心した」
「別に侑士に言われなくても知ってる」
「ほな、お幸せに」


ツーツーと鳴る携帯を握りしめて涙が溢れ出した。なんで今ごろ電話なんかかけてくるの…?ドクドクとせわしない心臓すら恨めしかった。早く早く静まって。


「待たせたなー帰るで」


振り返ると謙也がいて、私の涙を見つけるとすぐに光のように私にかけつける。


「どないしたん!?」
「何でもないよ」
「そんなわけないやろ!」
「…」
「…侑士か?」


静かに放たれた声は静寂を生む。謙也は寂しそうに目を細めると私の目を捕らえる。見透かされている。そう思った私は更に涙を零して嗚咽を堪える。


「謙也…?」
「おん?」
「キスして」


謙也のおっきな手が私の頬に添えられて壊れそうに優しいキスがためらいなく落とされる。なんで謙也はこんなに優しいの?奥底で消えることのなかった侑士への想いに気づきながらも謙也は私を愛すのだ。いっそ拒んでくれたら、最低だと突き放してくれたらどれだけ楽だろうか?


「愛してる」


耳元で囁かれて涙がさらに溢れ出した。紛れもない真実の言葉はきれいすぎて痛みを伴う。それでもこの手を離せない私はなんて酷いんだろう。


拒んでごらんよ

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