バレンタインデーとは269年頃殉死したローマの司祭の記念日。愛する人に贈り物をする。日本では女性から男性にチョコを送る習慣がある。 最小文字で設定されていた忍足の電子辞書を長いこと見つめていたから少し目が痛くなってしまった。やっぱり奴の眼鏡が伊達というのは本当らしい。トレードマークが伊達眼鏡ってどうなんだろう。パタンと閉じて隣の忍足に電子辞書を返す。 「忍足ありがとう」 「何調べたん?」 「バレンタインデーについて」 今日はバレンタインデー当日。朝から男子も女子も妙に落ち着かない。浮ついた雰囲気。ここ3年H組でもそれは例外ない。まあだいたいは友チョコというやつ。隣の忍足は、あのテニス部員だから派手に貰ってる。さっき1限前に廊下ですれ違った跡部に至っては2年の樺地くんに紙袋8枚分のチョコをもたせて平然としていた。いつも寝てる芥川くんだって両手にお菓子抱えて走り回っていたし、がっくんは女子ときゃいきゃいしていた。氷帝テニス部はそうなのだ。 「さっきから元気ないで」 「別にそんなことない…」 「はよ渡してくればええのに」 「は?」 「鳳なら朝、昼休みに音楽室行くとか言うてたで」 危うく飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。忍足を思わず目を見開いて見る。 「は、ちょ?ええ?」 「オレが気づかないわけないやん」 「怖いわ忍足…勘の鋭さ女子並みだね…」 「恋愛小説で身に付けた勘は伊達やないで」 「眼鏡は伊達だけどね」 「上手いこと言うやん」 よしっと一声出して自分に渇を入れて用意してきた紙袋をひっつかんで立ち上がる。料理の苦手な私が徹夜で作りあげたこのチョコを形が崩れないように気をつけながら走る。だだっ広い廊下で騒ぐ女子の間を走る。ゆっくり素早く走る。 階段を駆け上がればキレイなピアノの音色が私を迎える。音楽室のドアの透明なガラス部分から覗けば長太郎がいた。グランドピアノの白い鍵盤の上を長太郎の長い指が滑らかに動く。弾いているというより音を置いているみたいだ。そっと、けれど力強く。音楽はよくわからないが私は長太郎のピアノが大好き。 ふっと音が止んだ。心地よさに閉じていた目を開ければ長太郎がにこやかに立っていた。背の高い長太郎のネクタイの位置にある私の目線に合わせるように彼は少し屈む。 「先輩、オレに何か用ですか?」 「あ、うん…長太郎って甘いの平気?」 チョコみたいにとろけそうだった恋する私は一瞬にして、サアーッと体中の血液が冷えるような感覚を覚えた。バカかもしれない。今更甘いの平気か聞いて「苦手です」なんて言われたらどうすんの。どうしよう、昨日日吉に貰ったぬれせんでもあげようかな… 「先輩が」 「うん?」 「先輩がくれるならオレ何だって食べます!」 日吉のぬれせんを探してブレザーのポケットをがさごそとやっていた手を止めて長太郎の細められた目とあってハッと我に返ったように慌てだした。 「あ、オレ何言ってんだろう…すいません」 「ううん、っと間違ってないっていうか…これ良ければ貰ってくれる?」 「オレにですか?」 「長太郎に食べて欲しいんだよ」 「先輩、そんなこと言うとオレ…自惚れちゃいますよ?」 長太郎がいつもテニスコートで見るより近いから、長太郎の私を射抜く目が真剣だから、返事の代わりに頷くのが精一杯だった。こくりと頷いた後見えていたネクタイが今ではほんの数ミリ前に見える。私の髪にするすると長い指が滑る。とくんと長太郎の心音が聞こえて私抱きしめられてるんだなとボーっと頭のどこか遠くで考える。 「先輩好きです。オレと付き合って下さい」 「私でいいの?」 「オレ先輩じゃなきゃダメなんです」 耳元で漫画のように甘いセリフを甘い声で囁く長太郎に、私はまるでチョコのように溶かされてしまうに違いないのだ。くらくらする頭でそんなことを考えた。 チョコみたいに 100214 happybirthday to 長太郎! |