「ナマエ待って」 シングルトレインに乗車しようとした私を引き止める声に振り返ると満面の笑みを装備したクダリがいたのだった。 「ひま?」 「暇じゃないよーこれからノボリさんに挑戦しにいくから」 「そっか!ひまなんだね!」 クダリはいい年して人の話を全く聞かない。年齢を聞いたことは今までなかったけどたぶん私より年上だと思う。どのみち聞いても教えてはくれないんだろうけど。うんざり、そんな表情を作ってクダリを見る。しかし、彼はにこにこと口角を上げたまま下げようとはしないのだ。私はもう諦めてクダリのしたいようにさせてやろうと思った。そんな私を察したのかクダリは私の手を握って出口に向かう。 「遊園地行こうよナマエ!」 「え、遊園地?」 「うん!ぼく行きたいんだ」 クダリは私の手をぐいぐい引っ張りながらズンズン進む。ライモンシティにはなかなか大きな遊園地があるのだ。なかでも観覧車は有名で、夜にはライトアップされてそれはそれは綺麗だ。さらにはあるウワサが若い女の子の間では広まっている。好きな人 とその観覧車に乗ると両想いになれるジンクスがあるというのだ。キャッキャッとハシャぐクダリはそんなウワサ絶対知らないと思う。更には私がクダリを好きなことも絶対気づいてないと思う。クダリを見ると帽子とサブウェイマスター、というかクダリだけが着ることを許されている白いコートを運悪くその辺に居合わせた駅員に向かって投げているところだった。 ▽▽▽ 「アイスだよ」 「ありがとう」 クダリは、ワゴンショップでアイスクリームを2つ頼んで渡してくれた。なんだかんだで思いっきり楽しむことができた。クダリもすごく楽しそうだったから本当に良かったと思う。アイスの冷たさを手と舌先で感じながら私は息を吐いた。 「もう夜、暗いね」 「そうだね」 「ナマエ時間へいき?」 「うん、まだ大丈夫だけど」 「じゃああれ乗ろう」 ペロペロと美味しそうにアイスを舐めながら指さす先には赤や黄色や青でライトアップされた名物の観覧車。私がうんとかはいとか言うより早くクダリは私の腕を掴んで問答無用とばかりに観覧車に乗ることになったのだった。 ▽▽▽ 「すっごい眺めだよナマエ!」 「…」 少しもやもやした気持ちが額のあたりを渦巻いていた。だって多分クダリは私のこと女として見てないのに、更に私はクダリが好きなのにそんなジンクス付きの観覧車に乗るなんて。目を伏せて悟られないようにしたつもりだったのに、クダリはそんな私に気づいたのか長い背を丸めて私の顔を覗きこんできた。 「ちょっとクダリ、ち、ちかいよ」 「ナマエどうしたの?なんかちょっとへん」 「そんなことないよ…」 「ある!元気ないよ?楽しいのぼくだけ?」 クダリのきれいなグレーの瞳がわずか数センチ先にある。いつもよりずっと近くに、まばたきすれば届くような距離にクダリがいる。少し悲しそうに揺れる瞳に心臓が跳ねた。恥ずかしくなって思わず顔を背けると、クダリは「あ」と声をあげた。 「ナマエいま照れた!」 「ちがうよ!」 「ちがわない!どうしよう、ぼくガマンできない」 リアクションなんてする暇もなかった。気づいた時には唇にクダリの少し冷えた唇が触れていた。1回、2回、3回…何度となく繰り返されるそれに頭の芯がしびれるような気分になる。ライトアップされた観覧車のライトがクダリの白い頬やワイシャツを染め上げるのをぼーっと眺めていた。そのうちにクダリのキスが私の首に降りてきたところで背筋が鳥肌った私はようやく我に返る。 「ク、クダリ」 「ナマエかわいい、まっかだよ」 かわいいわけあるか、という気持ちと共に恥ずかしさやら悲しさやらでいっぱいになった私は涙が溢れてきた。つーと流れたそれは私の頬を濡らす。その様子にクダリは慌てふためいて私の肩をぽんぽん叩く。 「ごめんねナマエ!ぼくキミがあんまりかわいいからガマンできなかった!」 「クダリは…」 「ん?」 「なんで私とキスしたの?」 嗚咽混じりに出た言葉に自分で自分が嫌になる。私すごいめんどくさい女だ。だってほら、クダリは困ったように首をひねってる。早く地上について帰りたい。そう思うのとは裏腹に観覧車はもう少しで頂上に着くというところだ。窓から見えるライモンシティの夜景ばかりを見てクダリが目に入っていないフリをした。早く早く着いて。 「ごめん」 「いいよ気にしないでほんと」 「ぼくのはなし聞いて」 ぎゅっと手を握られる。ぐちゃりと胸の奥の方を底からかき回される心地がする。この期に及んでクダリは罪な人だ。いつものような浮ついた雰囲気がクダリから消えた。真剣であると私からもわかる。クダリは瞳を一度閉じてまた開く。 「ぼく、ナマエが好き」 「え…」 「うそじゃないよ、大好きなんだ」 「クダリ…」 「だから、観覧車のウワサ聞いたとき絶対ナマエと乗ろうってぼく決めてた」 「ウワサ知ってたの?」 「うん、だからナマエとしか乗りたくなかった」 「…」 「ナマエは?ぼくのこと好き?」 そう呟かれたら私はさらに涙を流して強く頷くことしか出来なかった。クダリの少し冷たい、けれど優しい指先が私の頬を滑って涙を拭われる。まばたきする間にクダリはもう一度深く優しいキスをしたのだった。 手招きで群がる情 110506/タイトル 棘 |