携帯の着信バイブに起こされて目を開けるとカーテンから漏れる光がいつもよりずいぶんと眩しくて寝起きの目にはひどく痛かった。依然として鳴り続ける携帯のディスプレイには何となく予測出来た名字ナマエの文字がぼんやりと浮かび上がっている。 「はい」 「日吉?」 「そうですけど」 「外、雪だよ!見た?」 みてみてと受話器の向こうでハシャぐ先輩に促されてカーテンを開ける。途端に一面の真っ白が殺風景な部屋を包み込む。 「見ましたよ」 「きれいだよね」 「そうですね」 「それじゃあ」 とにかく先輩は変わった人だった。ある日3年生が4限授業の日にオレを部活が終わるまで待っていたことがあった。日吉と帰りたかったの。そう先輩は言ったけど特に用事があったようでもなくほぼ無言の帰り道だった。またある日は山手線を何周出来るか試していたのと笑いながら5限に登校してきたりもした。先輩は度々オレの所にやって来ては笑顔で去っていく。よくわからない人だと思う。 まだ柔らかい雪の上を感触を確かめるように歩いた。東京は滅多に雪が降らないのだ。降ったとしてもこんなに積もることはない。朝のテレビで何年か振りの積雪だと気象予報士が盛んに強調していた。曲がり角を曲がった所で氷帝学園中の制服を来た女子がしゃがみ込んでいたのが見えたがそのまま通り過ぎようとした。 「あ、日吉おはよう」 振り返れば先輩でしゃがみ込んだまま、オレを見上げてふにゃりと嬉しそうに笑った。 「何してるんですか?」 「雪ウサギ作っていたの」 「はあ」 ちょこんと先輩の小さい手に乗っかった雪ウサギは真っ白で少しでも触れたら汚れてしまうようなそんな儚さだった。先輩は満足気に微笑んで雪ウサギをそっと電柱のとなりに置いて小さな両手をこすり合わせる。 「なんで手袋しなかったんですか」 「せっかくの雪の感触を確かめようと思ってね」 「はあ、やっぱり先輩はバカですね」 「はは、何とでも言っていいよ」 オレの嫌味たっぷりな言動にもまるで動じない先輩はチェックのマフラーの下でまたふにゃりと笑う。やっぱり先輩は変わっている。オレには到底理解出来ないだろう。そんな理解出来ない先輩を放っておけない自分自身は更によくわからない。 「手袋貸します」 「日吉は?」 「ありますよ」 「ありがとう、あれ左だけ?」 「はい、こうしますから」 手袋で温められたオレの左手で握った先輩の右手は雪のように冷たかった。 雪ウサギ 100221 |