明日卒業だと言われても実感なんてこれっぽっちも湧かなかった。光陰矢の如しとはよく言ったもので、高校に入学してからの3年間は本当に光のように早く過ぎてしまったと思う。
私と謙也は3年前、高校1年生の春に出会った。同じクラス、隣の席。


「忍足くん消しゴム貸してくれへん?」
「ええよ。めっちゃあるで」
「あ、このショートケーキ昼のデザートにもろたわ」
「ほなオレはこのプリンで…ってなんでやねん!」


初めての会話は今思い出してもアホとしか言いようがないものだったがなんだかんだで話の合う私たちは仲良くなるのにそう時間はかからなかったように思う。男子で一番近しい存在を聞かれたら迷わず謙也をあげた。今でもそう。ずっとこのまま謙也と2人でバカみたいに笑い合えると思ってた。


「オレ東京の大学行くねん」


卒業式の前日、学校の帰りだった。新発売の何とかというバーガーを食べたいから付き合ってくれと言う謙也に引っ張られてマクドナルドに寄った。平日の空いてるマクドナルドで謙也の放った言葉に、口に運ぼうと右手で持ち上げた熱いポテトが緑のトレーにポトリと落ちる。


「…冗談やろ?」
「冗談ちゃう。オレ親父の母校の医学部行くんや」
「なんで今更言うん…?」
「受験中に動揺させたら悪いやろ?」


沈黙が流れる。私たちの間は謙也がコーラを啜る音のみ。斜め前のカップルの彼女が彼氏に「めっちゃ可愛いやろ?」と甘い声を出したのが耳にこびりつく。謙也が東京。謙也が東京。謙也が東京。駅前の床屋さんの前で回るあの看板みたいに頭の中でぐるぐるぐるぐる。東京なんて遠い遠すぎて泣きそう。でも泣かない、謙也の前でなんか泣いてやらない。


「うちが動揺するわけないやん、自惚れんな」
「な、なんやと」
「ていうかブリーチしとる医者なんか見たことないで」
「これはトレードマークや!面接中は黒染めしてたっちゅーねん」


謙也の金髪をぐしゃぐしゃと撫でたら「ちょ、塩つくやろアホ!」と謙也の怒り声が飛んできて私の頭もぐしゃぐしゃと撫でられた。
私たちは明日卒業する。




謙也の自転車のカゴには2つの卒業証書の筒が無造作に突っ込んである。テニス部が休みの学校帰りに度々訪れた高架線の下で私と謙也はやけにしんみりした空気を共有していた。謙也はボーっと反対の岸を眺めていて電車が通り地面が揺れる度にびくっと我に返ってまたボーっとしだす。私はというとそんな謙也をただボーっと眺めるだけだった。頭の中では必死に話題を探しているけれど。


「東京って」
「ん?」
「お台場とか竹下通りとか秋葉原とかあるやん?お土産頼むで」
「おうまかせとき」
「そや、東京ってエスカレーター左に並ぶんやって」
「侑士もびっくりしとったわ」
「あ、そろそろ時間ヤバいかも」
「ほな行こか」


7時からクラスでホテルバイキングがあるのだ。ちょっと高級な所。そこへ向かうために自転車の荷台に乗る。2ケツなんてもう何回したかわからない。「行きまっせ」と謙也は漕ぎ出す。冬よりだいぶ日が伸びたから西の空はまだ赤かった。私は謙也のお腹にしっかりとしがみついて背中を穴が開きそうなほどに、みつめる。謙也が東京行ったらこの自転車の荷台には私の知らない女の子がいて、同じように謙也の背中をみつめるんだろうか?そんなことを考えていたら、なんだか鼻の奥がじんじんしてきて泣きたくなった。


「謙也」
「んー?」
「東京行ったらかわええ子いっぱいおるやろね」
「そやなあ」
「彼女出来るとええね」
「そやね」


アホ謙也のアホ。前で自転車をギコギコ漕ぎ続ける金髪頭は鈍感すぎてお話にならない。でっかい背中を睨みつけていたら「自分が」とボソボソと聞こえる呟きに「え?」と聞き返したら同時にブレーキのキキーという音が聞こえて謙也の背中に鼻を思いっきり強打した。


「いたいわあ謙也」
「自分がなるっちゅーのは有り得へんの?」
「は?」
「せやから自分がオレの彼女になるのは有り得へんの?」
「え、ええ!?」


謙也がゆっくりと振り返って私を見た。冗談かと思ったけど目がいつもより真剣だった。何より座右の銘としてNO SPEED NO LIFEを掲げるあの謙也がじーっと私の反応を待ってる。なんかめっちゃドキドキするわ。


「有り得る!めっちゃ有り得るに決まっとるやんか」
「ほんまか!?」
「ほんま」


「やったで!」と謙也が歓喜の声を上げて猛スピードで自転車漕ぎを再開した。振り返って自転車の軌跡を辿るとさっきまでいた高架線はいつか2人で夜に見た星のようにもうずいぶんと小さく見えた。それはそうとこれって告白なんだろうか?違う?そんなことをふわふわ考えていたら本日二度目の急ブレーキによって私はまた前の金髪頭の学ランに鼻を再び強打した。


「いたいわアホ」
「なあキ、キスしてもええか?」
「え?」
「いやなん?」
「ちゃうけどうち謙也の彼女じゃないやん」
「さっきのじゃアカンの?」


謙也はあーとかうーとか唸りながら髪をガシガシかきむしる。そして「めっちゃ好きやでオレと付き合うて」と早口で私に告げた。目線は明後日の方。「どこ見て言ってんの」と笑ってからかえば「うっさいわ」と返された。謙也のハンドルを握るおっきい手とか柔らかい髪とか少し赤いほっぺたとかを見たらなんだか急にむしょうに泣きたくなって目を伏せる。ふわりと謙也のおっきい手が私の髪を優しく撫でてそれから一瞬触れるだけのキスを私の唇に落とした。


街頭に照らされた2人の影がゆらりと揺れる。カゴでは卒業証書がカラカラと鳴っていた謙也と出会って4回目の春。私は謙也を一番よく知っていた。これからも色んな謙也を知っていくのだろう。春から私たちの遠距離恋愛が幕を開ける。


さよならフレンド



100226 /タイトル sting
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