私は今をときめく女子高生だった。毎日学校に行って、休み時間は友達とバカみたいに笑い合って、退屈な授業中はたまに寝てしまうこともあった。お昼は友達と机を囲んで、午後の授業は教科書で欠伸を隠すのに必死。授業が終われば友達とカラオケに行ったり、クレープを食べに行ったりもした。本当に普通の女子高生だったの。


「先生」
「ん、おはよー」
「私、昨日は眠れなかったんだよ」
「お前も緊張とかするんだね」
「もう、ひどいなあ!」


冗談だよとカカシ先生はいつものよう眉を下げて笑う。実験室に訪ねて来た私をからかう先生も、お気に入りのコーヒーが立てる湯気も、古びたカーテンから差し込む光も何ひとつ変わらない風景がそこにはあった。けれどそれも今日で終わり。今日は高校3年生である私の卒業証書授与式。春の日差しを浴びて私は卒業する。


「せんせー、私卒業したくないよ」
「誰だって同じでしょ」
「でも…」
「ま、そう言うな」


先生、私ね本当に普通の女子高生だったの。ただ先生の姿を見れば胸がドキドキして、先生の授業が他の先生よりずっと楽しみだっただけで、ただ好きなひとが先生ってだけだったんだよ。何もおかしいことなんてない。


「先生」
「んー?」
「私のこと忘れないで」
「それは約束出来ない」
「えーなんで」
「うそうそ、オレがお前を忘れられるわけないでしょ」


からかいだと解っていても胸の高鳴りの押さえ込み方を私は知らない。先生は教えてくれなかった。私が先生から教わりたかったのはスイヘイリーベとかガスバーナーの使い方じゃない。先生はどんな女の子が好きなのかとかどうしたら先生の彼女になれるのかとかそういうこと。教えてくれなかったから独学するしかなかった。やっぱり私は先生を諦めきれない。


「私先生が好き」
「んオレも」
「だから冗談じゃないってば」
「冗談じゃないってば」
「からかわないでよ、先生」
「オレだって本気だけど?」


先生がコーヒーを啜る音が2人だけの実験室に響く。時間が止まるようなそんな気がした。カ カタンと先生がカップを置いて止まった時間がまた動き出す。


「うそ…」
「うそじゃないって言ってるでしょ」


先生は1つため息を吐き出してかったるそうに椅子から立ち上がった。そうして靴をカツンと鳴らして私の前髪をかきあげる。キスされる、そう思って目を瞑ったけど代わりに私のおでこに降ってきたのは先生のデコピンだった。


「いった」
「ま!続きはおまえが卒業するまで我慢だね」


先生があんまり嬉しそうに笑うから私はなんだか胸がドキドキするよ。


「私今日普通の女子高生じゃなくなるね先生」
「卒業おめでとう」


窓から降り注ぐ春の日差しに目が眩んだ。私今日卒業します。


春ぞ彼の



100225 /タイトル たかい
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