慣れ親しんだ屋上への暗い階段を踏みしめるように登っていった。在校生が付けてくれた胸の花がカサカサ音を立てている。冷たいドアノブの冷えた感触に一瞬引っ込めた手をもう一度かけて回す。ギィーッと重い音が体内に流れ込んで胃がぐるぐるした。春の太陽が眩しすぎてフェンスに背中を預けながらゆっくり目を閉じると間もなくパチンと鋭い音を立てて何かがはじけて私の頬を濡らす。うっすら目を開けても誰もいなくて、シャボン玉だけが無数にふわふわと頼りなく浮いていた。気配を押し殺してそこにいるであろう人物を私は知ってる。 「雅治でしょ?」 「…プリッ」 緑のストローをくわえた雅治が現れてフェンスが揺れる。隣にいる雅治の横顔を見るのはもう数え切れないほどだったから鼻の高さとか前髪のかかり具合とか全部覚えてしまったみたい。私たちが会うのはたいてい屋上で嫌いな授業を抜け出した時や騒がしい教室に訳もなく疲れた時に逃避した私を受け入れてくれたのが屋上と雅治だった。いつの間にか好きになって当たり前のようにそばにいて自然と付き合い始めた。詐欺師と呼ばれる彼が不器用な優しさをくれる時に少し揺れる瞳が私は大好きだった。 「おまえさん泣きそうな顔しとるの」 「だって…」 「卒業してもオレたちは何も変わらんじゃろ」 変わらんよ、と喉の奥の方で呟いて私を強く抱きしめる雅治の胸元の花が頬にあたってかゆい。でも雅治はぎゅうぎゅうと私の頭を自分に押し付けるから、私も背中に手を回してきつく抱きしめ返す。そうすれば体中があったかいココアを飲んだ時のように満たされていくのだ。私は眠くなるような感覚の中でゆっくりと瞼を閉じた。 春を抱えて眠る 100305/タイトルにやり |