※あの子みたいにのつづき ※一氏は小春好き 「卒業おめでとう」 いつもギャグしか言わないふざけた担任が声を震わせて放った言葉は、私たち3年8組の生徒たちを号泣させるには十分すぎるほどだった。嫌々着ていた四天宝寺の制服も今日が最後だからとスカートを1回余計に折ったらスースーして寒い。修学旅行の時に買ってもらったデジカメは当時、最新機種だったけど昨日入ってたチラシでは新しいのが載ってて、それももう1年も前のことだなんて考えると不思議だ。それを右手に握りしめて、笑い声と涙に溢れる廊下を歩く。友達に呼び止められ、呼び止めて、その度に抱きしめ合い、泣いて写真を撮る。 「白石!写真撮ろ!」 「ほんまありがとうな、楽しかったで」 「お礼言うのは、うちの方やん。ほんまありがとう」 「おん。自分、ユウジんとこ行かへんの?」 その声に自分と白石を撮るために伸ばしていた右手がシャッターを押した直後に、がくりと揺れた。撮り直ししないといけないかもしれない。そういう質問とは関係ないことを考えて、ごまかそうとしたけれど白石にはどうにもこうにも効かないようで、「ん?」と私を覗き込んで答えを促す。 「正直だめかも」 「なら諦めるん?」 「それは無理や。だから…一氏んとこ行く」 私が言うと白石は静かに微笑んで私の頭をわしゃわしゃ撫でた。まるでずっと年下の女の子みたいな扱いに、いつもだったら怒るところだけど今日はなんだかくすぐったくて笑う。白石にはいつも助けられてばかりだからその優しさを裏切るわけにはいかない。優しさの無駄使いはいけない。「がんばりや」と私の背中を叩いた男はめっちゃ男前だった。私は一氏のもとへと白い廊下の上をすべるように歩く。 きょろきょろと動いていた目が10秒もたたないうちに一氏をみつけた。案外あっさりみつかったので拍子抜け。隣にはやっぱり小春ちゃんがいて私は動揺してしまう。でも、ここで怯んだら負けだ。ちょうど2人の漫才が終わったところみたいでギャラリーがざわざわしている。今しかない。パンと両手で顔を挟んで気合い一発入れたら競歩か?って位に大股で歩いて一氏の所に向かう。 「ひ、ひ一氏、話あんねん」 一氏は目をまんまるにして私を見た。ちょっと待って私泣きたい。声裏返ったし、震えてビブラートみたいになってしまった。ない、これはない。目をまんまるにしてフリーズした一氏は、すぐに機能回復してにやりと口端を持ち上げて意地悪く呟いた。 「ビブラートかいな」 「あはは…」 「こらユウくん!だめやないの。女の子にそういう言い方しちゃ!」 小春ちゃんが、どこから取り出したのか紙の扇子で一氏の頭をスパコーンと音を立てて殴った。一氏がこの世の終わりみたいな顔をして小春ちゃんに謝ってるのを見ると私は苦笑いするしかない。眉間をぴくぴくしながら無理矢理笑うと、小春ちゃんが「ほらユウくん行ってきなさい」と一氏をぐいと私の方へ押す。一氏はちょっとブスッとしながらも話を聞く素振りを見せて、私をぐいぐい引っ張った。去り際に小春ちゃんは私に1つウインクを送ってひらひら手をふるもんだから私は1ミリもかなう気がしない。 「一氏、あのさ」 「ん」 「…え?」 人気の無い空き教室に着くや否や、左手でブチッと学ランの第2ボタンを剥ぎ取った一氏は私の右手にそれを落とした。第2ボタンをくれた、私に。どくどくと体内の血液が増えたかのように波打つ心臓すら気にしていられない。本当に第2ボタンの意味がわかってるのか不安になった。いや、わかってないのだきっと。 「第2ボタンの意味わかっとるの?」 「わかっとる」 「うそやんな?」 「特別…やろ?」 一氏は私から目を逸らして、視線を横に向けてしまったけど私は目を離せない。まるでそこには一氏の目しか無いかのように私はそれだけをひたすらみつめる。 「この間のことずっと考えとって…オレは小春のこと好きやんか。けどな…オレ自身ようわからんのやけど自分のことも頭から離れんねん」 「…うん」 「小春とは違う特別やんなあ」 「…」 「せやから第2は自分にもろて欲しかってん」 一氏は横のグランドの方をみつめながら、ぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。一氏の言葉1つ1つが信じられないほど嬉しくて、体に染み渡るそれが私の全身へ熱を運んでいく。温かくて、熱くて、溶けてしまいそうだ。 「もし…私が小春ちゃんやったら好きになってくれた?」 「わからん、けど」 「けど?」 「もしそうやったら、あげてへんなあ」 その答えだけで十分報われた気がする。一氏はようやく私に向き直ってちょっと不器用に笑った。 「一氏、好きや」 「ん」 デジカメの再生プレビューで確認した一氏の横に映る私はもう昔のように、あの子みたいにあの子みたいにと言っている私じゃなかった。手のひらの中の第2ボタンをみつめると思わずニヤついてしまうのを一氏は見逃してくれないだろうけど、それはそれでいい。私は確信しながら目を細めてゆっくり右手を開いた。 それだけ 100330 |