※一氏は小春好き

例えば私があの子みたいに面白くてボケ上手な子だったら彼は振り向いてくれるだろうか。例えば私があの子みたいに可愛らしい子だったら彼は振り向いてくれるだろうか。例えば私があの子みたいに男の子だったら彼は振り向いてくれるだろうか。


「ジャンケン負けるとかどないやねん」
「ええやん。もう金曜日やから、うちらの班は終わりやで」
「はあ…ついてへんなオレも自分も」


一氏は両手に抱えたゴミ箱をガコガコと引きずりながら大きなため息を吐いた。最近は暖かかったり、寒かったりでイジョウキショウ。今日は寒い方だったから一氏の口から吐き出された息は白く染められてあっという間に消えていく。ゴミ捨て場に一番遠い8組の教室で一発グーで負けた私と一氏が今日のゴミ当番に決定した瞬間からずっとこんな感じなのである。


「私片方持つで」
「オレが持つて言うたやん、それにオレははよ小春とこ行きたいねん!」


前を歩く背中が少しずつ少しずつ小さくなる。一氏は速度を速めて、私は速度を落とす。「小春」と一氏の口からその3文字が零れる度に一氏が元気になるのは四天宝寺中の誰もが知ってる事実だけれど、その度に私が胸を痛めているのは誰も知らなくていい。


「ほな、おつかれさん」
「おつかれ」


ゴミ捨て場からどうやって教室に戻ってきたか覚えていない。気づいたら3年8組と書かれたプレートが目に飛び込んで一氏がゴミ箱を投げるように荒々しく教室の入り口に置いた音が耳に響く。ゴミ捨て場から教室までの帰り道も彼の口をついてでてくるのは小春ちゃんのことばっかりだった気がする。小春は小春が小春も…国語の時間に習った主語の後にくっつく「はがもこそさえ」が私の脳内で円を描いてくるくると回る。一氏の話す主語は小春であって私じゃない。名字は名字が名字も…一氏はそんな風に話してくれない。


「当番おつかれさん」
「白石…」
「元気ないやん?」
「私最低な女の子や」
「おん?」
「小春ちゃんのこと好きやのに、時々もし…小春ちゃんがおらんかったらって考えてしまうねん」


靴下を突き抜けて足の裏から冷たい感触が上ってきて私の心を冷やしていく。じいっと自分の紺色の爪先をみつめているとなんだか余計に惨めな気持ちになった。私、最低や。


「ええやんけ。そうやって自分の悪いところ認めるのってなかなか出来へんで」
「でも…」
「ユウジのこと好きなんやろ」
「うん…」
「だったらそんな顔したらあかん。あいつは笑ってる子のが好きやと思うで」


頭に優しく置かれた手に私は何度助けられたかわからない。送ろうかと心配する白石に笑顔で大丈夫だと答える。そこまで、おんぶにだっこはいけない。私が白石といることで悲しい思いをする人だって沢山いるはずなのだ。白石は納得いかないといった表情を私に一瞬向けたけどそれ以上何も言わずに「ほな」と去っていった。私はその夜お風呂でちょっと泣いた。


受験勉強に追われてあまり意識はしてなかったが卒業式が近づいていた。けれど私と一氏の距離は一向に縮まる気配がない。対照的に一氏の小春ちゃんラブっぷりは、春が近づいて上昇する気温に比例するみたいにぐんぐん大きくなっている。私の胸の痛みも、ずきずきと大きくなるばかりだった。日誌を書きながらこの中学3年間を反芻する。友達との楽しい思い出を塗りつぶすように一氏のことばっかりが頭に浮かぶ。一氏の顔を記憶から追い払いたくて頭をブンブン振る。結局、私の三半規管は危機的状況に悲鳴をあげ、視界がグラグラ揺れて気持ち悪い。ゆっくり目を閉じて三半規管が鎮まるのを待つ。


「名字やんけ」
「…一氏どしたん?」
「小春が生徒会の引き継ぎがあるとかで終わるの待っててんけど」
「けど?」
「もう終わるころやな〜おーあったあった」


引き出しの中をゴソゴソやっていた一氏は椅子を戻して私をチラリと見て「ほな」と少し微笑んでドアに向かった。一氏が行ってしまう。小春ちゃんの所へ行ってしまう。


「いやや、一氏」
「…?」
「小春ちゃんとこ行かんといて」


一氏、行かないで、行かないで。声にはならない思いが私の声帯でうごめいていた。一氏がゆっくりと振り返って私の目を掴むように捉える。いつも小春ちゃんだけしか映していないその瞳に泣きそうな目をした私が見える。その一瞬、周りの音が消える感覚を確かに感じた。温かいお湯のように心地よくて、それでいてひどく恐ろくも感じるその空気の中で一氏が口を開く。


「ごめんな名字」


一氏の目の奥が、今まで見たことないくらいに、きゅっと細められる。学ランを無意識のうちに掴んでいた私の手をまるで少しでも触れたら、壊れて消えてしまうかのように優しく優しく解いた。ガラリとドアの閉まる音がして足の感覚が戻って来た。それと同時に涙が、つうーと私の右頬を濡らした。私が小春ちゃんみたいに一氏の目に映るには例えば私はどうしたらいいのだろうか。例えば小春ちゃんみたいに…、例えば小春ちゃんみたいに…。次々と仮説が頭に浮かんでは消えるが、そのうちに私はバカらしくなって結局考えるのを止めた。私は小春ちゃんにはどうやってもなれないのだ。



あの子みたいに
100318 つづきます
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