私の好きな人はお料理が上手で、礼儀正しくて、優しくて、そしてとても鈍感だった。ジムトレーナーとしてサンヨウジムで働き始めてから一年が過ぎた。一年が過ぎたということはデントもコーンくんもポッドくんも一つ年を取ったということだ。つまり私も一つ年を取ったということなのに。


「私ってなにも成長しないなあ」


ガシャンという音を響かせて、床に粉々に散らばってしまったティーカップをみつめて思わず落胆の気持ちが口に出た。うなだれるようにしゃがんで破片を拾い上げる。ティーカップを割ってしまうのは何度目だろう?ちょうどラストのお客様が帰ってお店を閉めて、その最後の食器を洗い場に持っていこうとした時だったからまだ良かったものの、さすがに自分にうんざりする。


「手、切らないように気をつけて」


ふわりと風を折りたたむようにデントが私のとなりにしゃがみこんで、拾うのを手伝い始めた。私はもちろん注意をして拾うのだけど、それとはまた別の意味で意識が集中してしまう。となりにデントがいる。それだけで私は少しいつもの私じゃなくなるのだ。


「あとはホウキと掃除機使おうか。ぼく取ってくるね」
「ありがとう、私も行く」


頷いてじゃあ最後にと、中くらいの破片に手を伸ばしたときだった。私の中指に鋭い痛みが走る。


「いたっ…」
「ナマエ!」







「デントごめんね…?」


オフホワイトの柔らかなソファーにデントは私を座らせると救急箱を取りに背中を向けた。クローゼットに首をつっこむデントの背中に申し訳程度に私はつぶやく。ティーカップを割っただけでも十分な失態であるのに、デントに手伝わせた上、さらには尖った破片で指を切るなんて私は申し訳なさすぎて悲しくなる。救急箱を抱えて準備をするデントから返事はない。私は目を伏せて自分のひざをみつめる。ばか、私のばーか。


「だから気をつけてってぼく言ったのに」


ぽすんと軽い音を立ててデントは私の横に沈み込む。


「ごめんなさい」
「ナマエからますます目が離せないね」


デントはにこりと笑って言う。やっぱり私はすごく危なっかしいやつと思われていたようだ。好きな人の前ではよく出来る子と思われたかったのに、もう手遅れのようだ。デントがくるくると私の指に絆創膏を巻きつける。私はデントに触れられてるだけで恥ずかしくて嬉しいけどデントは私をそんな風に思ってくれてないのだと考えると胸が痛む。ありがとう、そう言おうと顔を上げようとした。そのとき、デントが私の腕を掴んで距離が一気に縮まった。


「ねえ今の告白だよ?」


鈍感なのは私の方だったと、デントのエメラルドのようなグリーンの瞳をみつめて私は気づかされるのだった。



時々は欲望に従うこと
110508 /タイトル にやり
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