じりじりと肌を焼く紫外線を避けるようにして、緑色の葉をつけた桜やアーケードが作り出した陰を歩く。太陽が頭のてっぺんまで昇った午前12時。今日は日曜日だが午後から保健委員会の仕事がある。こうも暑いと行くだけでぐったりしてしまうしテンションは下がる。ため息を吐いて校門への角をだらだら曲がると見覚えのある男子が猛スピードで門を飛び出してこちらに向かってきた。


「あれ謙也どないしたん?」
「テニス部の奴らがアイス買うてこいうるさいねん」
「パシられたんやね」
「あほか、浪速のスピードスターに任せりゃアイス溶けへんっちゅー話や!」
「けーんーやー!はよ買うてきてーな!」


ぴょんぴょんと門で跳ねているヒョウ柄の少年は確か1年の遠山くんだ。謙也はほな!と叫ぶとあっという間に見えなくなってしまった。右肩からずり落ちたスクールバックの紐をかけ直しながらのろのろと足を進めた私に遠山くんが人懐っこい笑みを零して口を開く。


「謙也は走り続けな死んでまうんやて」
「え?」
「ノースピードノーライフてそういう意味やて光に聞いたでぇ」


金ちゃーんと誰かの声がして遠山くんは跳ぶようにして去っていく。昇降口でチラリと振り返ると門をくぐって来る男子生徒を視界に捕らえた。金色は夏の太陽に良く映える。だから私はすぐに謙也を見つけてしまう。眩しさに細めた目をテニスコートに向かうそれが見えなくなるまで逸らせなかった。



「しつれいしまーす」


委員長の私は皆の作業したポスターを提出しに保健室に入った。先生の姿がどこにも見当たらない。仕方ないなと思ってポスターを机の上に置き、帰ろうとするとベッドから微かにうめき声が聞こえた。低めのそれは男子のものだ。クリーム色したカーテンは開かれており、膨らんだ真っ白な布団をガサガサと音を立てて男の子が寝返りを打ち、こちらを向く。あれ?


「謙也?どないしたん?」
「アイス早食いしたらめっちゃ腹痛なってん…プラス軽い熱中症やて…」
「大丈夫なん?」
「正直アカンわ」


乱れた掛け布団を直そうと手を伸ばした瞬間に、ぐいと腕を掴まれる感覚。ボスッと乾いた音と共に私を真っ白な布団が包み込む。クーラーで冷やされた空気から一転して温かくて心地良い。引きずり込んだ張本人に「なにすんねん」と眉を潜めれば「温めてくれへん?」と返された。


「熱でもあるとちゃうん?」
「かもしれんなあ」
「こんな炎天下で走ったら熱中症なるに決まっとるやん」
「すまん」
「ほんま心配で心配でたまらん…」
「すまん…テニス以外で無理するん控えるようにするわ」


弱々しく笑う謙也に胸の奥がズキリと痛んだ。無理しないよう加減するという概念がこの人の頭の中に元々はない。ギラギラ容赦なく照りつける太陽の下を金色の髪を輝かせながら駆け抜けるに違いない。そんな謙也が私はとても心配で、またたまらなく愛しいと思う。


「浪速のスピードスターも夏期は休業っちゅーことやな」
「けど…謙也は止まったら死ぬんやろ?」
「なんでやねん」
「遠山くんが言うとった」
「あほか、今オレ生きとるやん」
「それはそうやけど」
「まあ…自分がこうしておってくれるんやったらそれも悪くないな」


謙也は優しく微笑んで私の手をそっと握ると静かに目を閉じた。クーラーからの冷風がふわふわと謙也の髪の毛を揺らすのを眺めて私もゆっくり目を閉じる。耳にミンミンと忙しなく響く蝉の鳴き声がボリュームを上げた。まだまだ夏は終わらない。


「おやすみ謙也」


夏眠/生物が夏に休眠状態に入ること
愚人は夏の虫さまへ提出
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