「なあオレ先輩にメアド聞いた!」


登校してスクールバックを机に置くや否や前の席の赤也が振り返って私を迎えた。椅子に逆向きに腰掛けて体をこちらに向けながらいそいそとブレザーのポケットから携帯を取り出してずいと画面を突き出す。フォルダにずらりと並ぶ受信メールの差出人は3年の女の先輩の名前。液晶画面の後ろに視線をずらすと案の定満面の笑みを貼り付けている赤也がいた。


「念願叶ったね、よかったじゃん」
「マジ信じらんねえ!夢みたいだわ」


携帯をみつめながらにっこにっこという音が聞こえてきそうな位に笑う赤也に私の胸はチクリと痛む。痛みが血液みたいに循環して涙腺まで到達し泣きたくなったけどタイミング良く担任の先生が入って来て前を向いた赤也に悲しさで歪んだ顔を見られずに済んだ。安心感と同時に自分の本心を理解する。気づいて欲しいのだ。私は赤也が好きなんだよ。膝の上で携帯を広げている様子の背中に投げかけても届かない。



大きなため息が前の席から聞こえて、顔を上げれば返却されたばかりの英語の小テストがくしゃくしゃと軽い音を立てながら丸められたのが視界に入る。赤也は椅子に背をもたれたまま後ろへと傾けて、ありえねーと呟いた。


「悪かったの?」
「赤点だった!まじ英語わかんね!」
「副部長にまた怒られちゃうじゃん」
「だよな…こぇえー」


心底恐ろしいという風に肩をすくめると憮然とした感じで窓の外を眺め始めた。赤也は英語が本当に苦手でテストで散々な結果をとる度に怖い鬼みたいな副部長にガミガミ怒られるらしい。見せていなくてもなぜか結果は知られていて隠しても意味ないからどうしようもないよなとため息を吐いていた。そんなことを思い出しながら自分の答案用紙を見る。めちゃめちゃ良い訳じゃないけれど悪くはない。「私が教えようか」そう言ってみたらどうなるかな。赤也が了解したら一緒にいる時間が増える。感謝とかされてコイツ良い奴じゃんとか思われるかもしれない。私の中で下心がむくむくと大きくなる。いずれにせよ言ってみる価値はあるかもしれない。私は前を向いて口を開く。


「私が、」
「あ、せんぱーいっ!オレッスよ、切原赤也!」


赤也が窓からベランダへ飛び出した拍子に机からくしゃくしゃの答案用紙が転がる。視線の先には先輩がいた。赤也の心を掴んで離さない人。体操服姿の先輩が微笑んで手を振っている。


「先輩オレ英語赤点だった!」
「がんばりなよー赤也くん」
「もうさっぱりわかんないんスよ」
「じゃあ私が教えてあげようか?」
「マジっすか?お願いしまーす!」


私の声帯から発せられる機会を失って飲み込んだ言葉が行き場を無くした。これ以上聞きたくない。先輩の可愛らしい声も、赤也の上擦り気味の声も。私はそっと耳を塞ぐ。先輩と赤也が喋る姿も、赤也の先輩に向けられる愛おしそうな目もこれ以上見たくない。私は目を閉じる。それでも感じる痛さみたいな苦しさとかもどかしさとかいった感情を消化するにはどうしたら良いのだろう。良い策がわからない。


「悪いなんか言おうとしてたよな?」
「してないよ」
「そうか?」
「うん」
「あ、先輩オレに英語教えてくれるって!」


切ない恋ってこういうのを言うんだきっと。あらゆる感覚をシャットアウトしようとも無駄だと薄々気づいてはいた。それでも先輩は丸ごと全部持っていった。私がしたいことも言いたいことも欲しい気持ちも。私は赤也が好き。だから先輩じゃなくて私を好きになってよ。言いたい気持ちを抑えて笑顔を作る。赤也も笑う。瞬間にたまらなく胸が痛くなる。逃げるように落とした視界に映った答案用紙が滲んでぼやけて見えた。


耳を塞いで目を閉じて、それで次はどうするの

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