私と蔵ノ介とカブリエル
※ペアプリネタ

夏もいつのまにか終わってしまった。あの暑さはどこいっちゃったのなんて思いながら前に座るイケメンに目を向ける。図書館のクリーム色の温かみ溢れるテーブルの上で熱心に図鑑を広げるイケメン、つまり白石蔵ノ介は私の彼氏です。最近蔵ノ介はぼーっとしてることが多い。話しかけても上の空。ぶつぶつと何かを呟いたかと思えばいきなり首を捻ったり、立ち上がったりととにかくいつもの蔵ノ介じゃないのだ。パラパラとページをめくる音が止んで耳を澄ますと小さな小さな呟きが私の耳に届いた。


「最適温度も保っとる」
「…え?聞こえないよ蔵ノ介」
「ご飯もオッケーや」
「ご飯?」
「全て完璧やのに」
「…蔵ノ介?」
「なんでアカンのや…」


蔵ノ介は悲しそうに眉を下げるとトイレと言って席を立ってしまった。ご飯?ますます訳わからない。もしかして浮気でもしてんのかと良くない疑心が私の中で生まれるようなそんな感じ。ないない蔵ノ介そんな人じゃない。その良くない疑心を振り切ろうとテーブルに視線を落とすと蔵ノ介が見ていた図鑑の固い冷たいような表紙が視界に入る。昆虫図鑑やら月刊カブトムシやらというタイトルに蔵ノ介も中学生らしい本読むんだなあと意外性に少し笑みがこぼれた。





「私とテニスどっちが大事なん?って彼女に聞かれたらどないしたらええん?

「あれ忍足くんって彼女いたの?」


笑いが命の四天宝寺において、やはりお昼の放送も笑いを取れなければ意味がない。まずはネタ集めからということでアンケートを取ったのは名案なのだけどこの整理の作業がやたらと面倒だ。回収したばかりのアンケートをみんなブーブー言いながら整理していると隣で作業していた同じ3年の忍足謙也くんがなにやら不機嫌そうに私に尋ねてきた。


「ちゃうちゃう。イトコがな言われたらしいねん」
「そういうことかーイトコって確か東京にいるんだよね」
「おん、自分は白石に言うたことないん?」
「ないよー。ていうかテニスしてる蔵ノ介かっこいいし好きなこと辞めて欲しくないと思う」
「聞く相手間違うたかもしれへんな」
「あ、ごめんごめん」
「そうやなくてラブラブでええなっちゅー話しや」


忍足くんはため息を吐くとええなーとか言いながら終えた自分の作業分を抱えて放送室に駆けていく。「謙也プリント飛ばすなアホ!」って5組の男子が怒鳴ると「すまん」と放送室から顔だけ出した忍足くんに笑いが起こる。忍足くんも怒鳴った男子も2年生も1年生も笑っていて和やかな雰囲気な放送委員はとても楽しい。でも私は1人頭の中では蔵ノ介のことを考えていた。今日の朝一緒に登校中に「今日一緒に帰ろうよ」って言ったら「今日はアカンねん」って断られた。「そっかまた今度ね」って笑っても全然私の笑顔と気持ちは一致してなかった。図書館で生まれた良くない疑心がめきめきと育つ。忍足くんはラブラブって言ったけど私たち少し危ないんだよ。





今私は蔵ノ介の家へと向かっている。今日は一緒に帰れないって言われたのに家まで行くなんてめんどくさい女だと思われるだろうけどこれには訳がある。それは蔵ノ介に借りたノートに挟まっていたプリントだ。提出期限が明日までのそれを蔵ノ介が忘れるなんて珍しい。しっかり者の蔵ノ介のらしくない行動は最近上の空だったことと絶対関係があると私は踏んでいる。私のせいで提出出来ないのはすごく申し訳ないから今日中に返さなければならない。お母さんにでも渡してさっさと帰ろう。そう思ってインターホンを押すと2本結びの可愛らしい女の子、友香里ちゃんが出てきた。


「ナマエちゃんやん!」
「あ、友香里ちゃんこんにちは。悪いんだけどこれ蔵ノ介に渡しといてもらってもいいかな?」
「クーちゃんなら今自分の部屋おるでぇー上がってけばええやん」
「え、悪いよ…それに蔵ノ介用事あるって言ってたし」
「かまへんよどうせカブリエルとイチャついとるだけやし」


カブリエル…?イチャついてる…?私はフリーズして頭の中が真っ白になった。だから気づいた時には私は蔵ノ介の部屋の前に居て冷たいドアノブの感触が右手にあって飛び上がりそうなほどびっくりした。友香里ちゃんがニヤニヤしながら「ごゆっくりー」なんて自分の部屋に去っていったけどごゆっくりも何も今から私は浮気相手であろうカブリエルと闘うのだ。昼ドラで見た「この泥棒ネコ!」とか水をぶっかけるとかそういうのが私の頭を駆け巡る。そして心を落ち着かせようと深呼吸を何度かする。スーハースーハー。


「カブリエル、ほんまかわええなあお前」


え?


「オレお前と一緒に冬越したいんや、頼むからいなくならんといて」


自分でもびっくりしたけれどこういうとき理性なんて働かない。感情が伝えるままに私は蔵ノ介の部屋に飛び込む。カブリエルとご対面、そして「私の蔵ノ介を返して!」なんていうドラマみたいな展開は起こらなかった。代わりに窓際にいた蔵ノ介が1人ポカンとして突っ立ってた。


「ナマエどしたんそない怖い顔して」
「友香里ちゃんがカブリエルとイチャついてるって…カブリエルは?」
「友香里はしゃーないなあ」
「蔵ノ介はっきりしてよ、カブリエルと浮気してるの?」
「カブリエルと浮気?何言うとんねん。カブリエルはカブトムシやで」


カブリエルはカブトムシ?
ほら、と言いながら蔵ノ介は窓際の虫かごを私に見せる。カブリエルはカブトムシ。図書館で見ていた昆虫図鑑と月刊カブトムシ。ほんまかわええなあカブリエル。カブリエルは…
私はこめかみに手を添えてそのまま力なく座り込む。色んな感情が押し寄せてきてなんて言ったらいいかわからない。ただ一個だけ確かに言えることがある。ねえ忍足くん、私まさか自分がこんなこと言う日がくるなんて1ミリも思ってなかったよ。


「蔵ノ介は私と…」
「おん?」
「私とカブリエルどっちが大事なの…」


今気づいたけどこの部屋の暖房すごい効いてて夏みたいに暑い。



101009 カブリエルうらやましい
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テーマ「人外ファンタジー」
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