中間テストが番号順に返されるのを自分の席で待ちながら教科書の上を散らばる数字を目でなぞるように眺める。なるべく自然に目を向けると19番で男子としては最後の方の彼はまだ席に着いている。と、同時にただでさえ柳くんでいっぱいの私の頭の中が更にぎゅうぎゅうになってしまう。あの品のある声で「確率は〜パーセントだ」と言うのを何度も何度も思い返してはリピート再生する。確率は彼の代名詞。だから私も数学が出来るようになったらいいのに。柳くんの優秀な頭脳がはじき出す数字を、柳くんの考えていることを、ほんの一ミクロンでもいいから理解出来たらどんなにいいことだろうか。そうこうしているうちに返された私の中間テストには3が仲良く並んでいるから無理っぽいけど。





神奈川よりずっと北方で初雪が降り始めたころに今年何度目かの席替えをした。普段は番号を覚えたら即行でゴミ箱に送り込む小さい紙切れが奇跡を起こすとは夢にも思ってなかった。


「すまないが何番だ?」
「や、柳くん、ええっと私30番」
「ありがとう、ならば隣だな」


やばい柳くんとしゃべっちゃったよとか喜びに浸る私の横で彼は他のクラスメートがするように机をガタガタ引きずることはしないのである。教室は机の大移動でビリビリ振動しているのを気にも止めず、大きな手で持ち上げてきっちりと床のマス目に合わせる柳くんの机は私のとなり?


「え…となり!?」
「ああ。近くになるのは確か初めてだったな」
「う、うん、そうだね!よろしく柳くん」
「よろしく名字」


柳くんに気づかれないように彼がいる右側とは反対の左手で小さく喜びをかみしめる。すごく嬉しい。恋をすると周りのものがピンクに色づきだすのよなんて月9の主演女優のフワフワしたセリフが頭の中をよぎった。こんな感じで私の柳くんのとなり生活が始まったのだった。




恋は人を賢くもアホにもすると聞いたことがある。どっちに転ぶかわからないらしい。


「私はアホの方なのか…」
「確かに赤点ならばそう言うのも無理はないな」
「だよねーって、え、柳くん!?」
「何を驚いているんだ?隣になってから随分と経っているが」
「そこじゃなくて!…点数見た?」
「いや、今先生が呼んだ赤点者にお前の名前が呼ばれていただけだ」
「え?」


「お前も赤点か」なんて前の席の男子が嬉しそうに私の肩を叩いて来たけど大好きな柳くんの隣でバカさを露出した私は穴があったら今すぐに入りたい思いでいっぱいだ。先生の「最高点は柳の100点だな」なんて声を聞いたらますます悲しくなる。一方で柳くんは涼しい顔をしているが全然嫌みさを含んでいないのだから感心である。あーあ私の好きな人はとてつもなく頭がよくてかっこいい。


やっぱり数学なんて嫌いだって思いながら廊下を歩く放課後。部活に向かう集団とか掃除しながら野球している男子とか携帯片手に合コンの予定を立てているギャルとかが入り乱れる廊下をのろのろと歩く。「カラオケ行こ!」という友達の誘いを今日は丁重にお断りした。なぜならば、今日は男テニのスケジュールが練習試合という日だ。そして柳くんは男テニだ。この2つを好きな人の姿を見たいという気持ちで繋げると私が今、階段の踊場の窓から身を乗り出し、テニスコートを凝視している行為に説明がつく。柳くんは柳くんは…


「あれ?柳くんがいないな…」
「テニス部レギュラーは臨時ミーティングがあるからな」
「そうなんだ…なら柳くんのテニス姿見れないじゃん寂しいわー」
「目の前にいるだろう」
「え?…えー!?や、柳くん!?」
「無論、ここは廊下なのでテニスはしていないが」
「あ、あはは」


好きな人の声もわからないなんて、とんだ大ばかものだ。しかも柳くんのテニス姿見れなくて寂しいとか言ってしまったから気まずい。私は申し訳程度にカーディガンの袖を引っ張って寒さを気にするフリをする。でも柳くんは、多分お見通しで、静かに口を開くのだ。


「お前は俺がテニスをする姿を見たいと言ったな?」
「え…う、うん言っちゃったよね」
「それでいつもテニスコートの側を通って帰宅していたということか?」


どうやらバレていたらしい。柳くんは表情一つ崩さずに直視する。その目から逃げ出したいと思った。大好きな柳くんが私を直視しているから嬉しいはずなのになんだか頭の中が溶けたチョコレートみたいにぐちゃぐちゃで。知ってたの?と漏れた声に彼はふっと息を吐く。


「気づかないわけがない」
「あ、ごめん私しつこかったよね」
「そうではなくて俺がお前を見つけることに長けているだけだ」
「柳くん…?」
「つまり、俺はお前が好きだということだ」


まるで古典の教科書でも読み上げるかのようにすらりと言う。でも私はカーディガンを弄り続けていた指すら止まってしまって全く動けない。ひたすらに彼の嫉妬してしまう位に綺麗な髪と、普段は開かずに閉じられているあの切れ長の目を穴があくほどにみつめるだけだった。どれくらいの時間が流れたのかわからなかったが、耐えかねたのか眉を下げた柳くんが心配そうに声を上げた。


「いきなりすまない。感情を抑えきれなくて、お前の迷惑も考えずに…すまない」
「迷惑なわけないよ!だって…」
「だって…なんだ?」
「えーっと」


柳くんは意地悪だ。柳くんの優秀なその脳みそなら私の意図すること、私の気持ちなんてきっとわかっているはずなのに。或いはそういうところのみ鈍感なのかもしれないけど。「好きだから」って言おうと思って開いた口はなかなか言葉を発してくれない。さ行の3番目が出てこない。パクパク口を開閉する私に柳くんは柔らかく微笑んで彼の口から発せられたとは思えない言葉を言うのである。


「全く、俺はお前が好きで好きで仕方ないようだ」


嬉しさと驚きと恥ずかしさでふらついて倒れ込んでしまった私を柳くんが保健室まで運んでいってくれたのは、嘘のような妄想のようなしかし、本当の話なのだ。



色づき出す/110227
※『それはあざやかに』へ続きます
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