もし私が、幸村くんのことを好きなのかと聞かれればそうではないと答えるし、一方でまた、嫌いなのかと聞かれればそんなはずないと答えるだろう。はっきりしないヤツだとみなされたとしても私としてはどちらも嘘ではないから仕方ないと思う。思っていたのだけれど。 「はっきり言ってくれて構わないんだよ」 幸村くんは、すっと左右対称に口角を持ち上げて私は逆に目線を下げる。思っているだけならよかったのに事は現実に起きてしまったらどうしたらいいかなんてわからなくなる。私は幸村くんに本当に告白された。 始まりは私と幸村くんが同じ委員会だったところから。「清掃時間外まで掃除とか面倒じゃん」って友達が口々に言う美化委員になったのは偶然だった。別になりたい委員会もないしジャンケンとかするとそれこそ面倒くさい。そういうわけで私は美化委員になった。初めての委員会の日集合場所の教室に行くと幸村くんがいた。そのまま幸村くんの斜め後ろの椅子に座って他のクラスの友達と談笑しながら時間を潰す。ふと視線を感じると幸村くんが確かに私をみつめていた。みつめてきたのは幸村くんなのに私から視線をふっと逸らした。 次に幸村くんと接触したのは花壇の手入れをしたり、校内清掃をしたりするというまたもや委員会中だった。花壇周りの雑草をしゃがんで抜いていると私の横に陰が縫われる。見ると幸村くんで笑みを携えながら、しゃがみ込んだ。 「俺もここで作業していいかな?」 「もちろん」 幸村くんは、ありがとうってふわりと笑う。幸村くんはかなりの有名人であるからまるで隣に芸能人でも座ったかのような気分になる。でも全然緊張しないのは、きっと幸村くんが出すこの柔らかい雰囲気のおかげだ。 「実はずっと君と喋りたかったんだ」 「マジで?」 「うんマジだよ」 「なんか幸村くんがマジとか言うと変な感じだね」 「そうかな?」 「え、普段言うの?」 「うーん、言わないかな」 幸村くんは雑草をむしる姿まで美しい。感心しながら抜いた雑草を一先ず捨てに行こうとまとめていると「はい」という声と共にオレンジ色のちりとりが私の横に置かれた。なんて気が利く男なんだろう幸村くんは。 「ありがとう幸村くん気が利くね」 「話す時間がなくなるのは勿体無いと思って」 「え?」 何でもないよって言う幸村くんの瞳は淡く溶解してしまいそうだった。私は休めていた手をせっせと動かして地面を見る。そうでもしないと今聞いた信じられないような言葉に私自身が勘違いしてしまいそうになるからだ。恐らく深い意味なんて込められていない、そう言い聞かせながら、みつめる地面の影はそれほど濃くない。秋のことである。 それから私と幸村くんは比較的良く話す間柄になった。廊下ですれ違ったり学食で出くわしたり…。その日は廊下だった。 「あ、幸村くん!今日は委員会ないってねー」 「そうだね、寂しいな、名字さんに会えないなんて」 「あ、ほんとー?ありがとう。じゃあ」 これ以上ここにいたら逃げられなくなる。なんとなく怖い。幸村くんが出す柔らかい雰囲気に飲み込まれる前に早く行こう、そう思って立ち去ろうとした。けれどそれはかなわない。私の左手は優しく、しかし力強く掴まれて前に進めないのだ。 「待って、話したいことがあるんだ。聞いてくれる?」 「う、うん」 「俺、君が好きなんだ」 幸村くんが私を好き?冗談でしょって思ったけれど幸村くんの眼差しはとても冗談と言えるようなものではなかった。どうしよう。私が幸村くんを好きなのかって聞かれたら好きでも嫌いでもないよって答えると思ってた。思うだけなら良かったのに、本当に告白されたらどうしたらいいかわからなくなる。 「はっきり言ってくれて構わないんだよ」 「幸村くん…」 「重荷かもしれないけど、どっちにしても俺の気持ちは変わらないから」 どこか哀愁を含んだ笑みを漏らして幸村くんは背中を向けた。幸村くんが行ってしまう。優しい幸村くんが、芸能人みたいな幸村くんが、強い幸村くんが行ってしまう。 「名字さん…?どうしたの?」 「あ、ごごめん、思わず引き留めちゃって」 「なんで?」 「なんで…だろう、何となく行って欲しくなくて」 「それって俺のことまんざらでもないってことでいいの?」 幸村くんの一言一言が熱っぽさを私に与える。それが答えなのかもしれない。私は幸村くんの好意に薄々気づきながらももしそれが勘違いだったら、後で傷を負うのは自分であるから恐れていた。きっと幸村くんはそれを知っていたのかもしれない。だからこそ彼は艶やかに笑うのだ。 「いつか、俺のこと好きって言わせてみせるからね」 痛むのは、あなたの心臓 110305 /タイトル 棘 幸村部長誕生日おめでとう! |