「ここにリンゴがひとつあります」
「おー?」
「あなたなら何を作りますか?」

家庭科の時間、再来週の調理実習で作るものを四人の班ごとに決めていた時のことだった。まるで手品でも始めるかのような口ぶりで切り出した名字は右手で真っ赤なリンゴをぽーんぽーんと野球ボールのように宙へ投げながら言い放った。なんで丸ごとリンゴ持って来てんだ?残りの二人はなんだかよくわからない話題で盛り上がっているし、名字は俺の目をじっと見据えて返答を待つ態勢。答えるしかねえ。

「アップルパイかな俺は」
「そこだよねえ、御幸の料理男子たる所以は」
「王道中の王道だろ」
「私だったら剥いて終わりだもん」
「それ作ったって言わなくねえ?」

感嘆のため息を吐き出したかと思えば、レシピ本に彼女は目を落とす。女子特有の丸みを帯びた頬が春の日差しを浴びて白く発光する。吸い寄せられるようにぼうっと視線を投げていると、ふっと顔があがって深い瞳とぶつかった。

「そのままでも十分美味しいのにね」

影が宿った気がした彼女。なぜだろう、目を離すことができない。自分が息をしているという当たり前のことさえも疑うかのような静寂が俺と名字の空間を支配していく。

「名字、あのさ俺…」

キーンコーンカーンコーン

「ん?なに御幸?」
「……なんでもねえ」

今、俺は何を言おうとした?友達の輪に入って談笑を始めた名字からあの影はすっかり消えていたというのに、自分の中に燻る感情はなかなか消えてはくれず俺は頭をぶんぶんと振って気にしないふりをする他なかった。

始まりは粛然と終わりを迎える
140519
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