※社会人設定

春と夏の境目で昼はびっくりするくらい暑くなっていたというのに夜はまるで別人のように冷え切っているのが、この季節の不思議なところであるのは別段今に始まったことではありません。終電間際、5月16日23時55分。電車を降りて、足早にホームのタイルを踏みしめていく途中でふと高校時代にナマエに言われた「倉持が走る姿が好きなの」という言葉が頭をすうっとよぎりました。その時果たして自分はなんと返したのか。かっちりとしたスーツに身を包む倉持の海馬にその答えは包まれてはいませんでした。まだ少年と少女だった倉持とナマエ。制服からスーツに変わった平日。あれから幾度も季節を繰り返し、ふたりはすっかり大人になっていたのです。

「わっ!」

ひょっこり、そんな擬音がするような素振りでナマエは紙袋を提げてポスターの影から顔を出しました。突然のことに思いがけず小さく驚嘆の声をあげてしまい、ダッセェと自分に舌打ちをしました。ナマエはそれを認識すると、にやりといたずらが成功した時の子供のように笑うのです。いくぶん、駆けるように側にやって来たナマエの手を自然に取って、ちっせえ手だなんて何度思ったかわかりません。それにしてもこの動きが自然に出来るようになったのはいつからだったでしょうか?

「迎え来てくれるのは嬉しいけどよ」
「あはは、びびってるぅー」
「聞いちゃいねえ」
「わかってる。心配してくれてるんだよね」
「……わかってんなら」
「今日はいいの!あ、洋一!一緒に数えて!」
「は?」
「じゅーう、きゅーう、はーち」
「?」
「ほら、はやく!ごー、よーん」
「さーん、にー、いちー?」

ぜろ。パッと差し出されたのはスモールサイズの花束です。倉持がその目を見開き今日の日付を理解するのとナマエがその目元を緩めるのは同時でした。

「誕生日おめでとう!」
「おう…ありがと」
「なんで自分の誕生日忘れちゃうのかなとか、いろいろ言いたいことはいっぱーいあるんだけど」
「全くだな、ヒャハ」

確かに毎年誕生日に一緒にいるのは当たり前となっていたけれど、お互い社会人になったことや、また、当たり前となりすぎたことで倉持の頭から自分の誕生日のことなんてすっかりさっぱり抜け落ちていたのです。相手の誕生日は覚えてるのに。覗き込むようにしたナマエと視線が合わさって、彼女はぎこちないキスを頬に届けます。

「好きだよ洋一、昔よりずーっと」

甘く包み込むような声に胸の柔らかな部分がぐるぐる温かく疼くような感じを覚えました。倉持は頬がゆるりと熱を持ったのにらしくねぇと自嘲しつつ、それでもナマエからの言葉だから当然だとも思うのです。不意に既視感がして、なんだそういうことだったのか、と。あの時も自分は。

「俺もおまえが好きだ、昔よりずーっとな」




happy birthday dear 倉持!
140517
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