※成人設定 始業式終わりの私の頬を春風が撫でていた。満開の桜の下で立ち尽くせば、桜がひらりと舞って私の開いた手に狙ったように落ちてきた。ひとり感動して思わずもれた声を追いかけるように、少し離れた所で男子がこれはたまらないとでも言うようにふきだした。 「えっ」 「はっはっは…悪い、なんか面白くて」 「ひどくない…?」 「よく言われる、どーも」 「褒めてないよ!」 「まあまあ、でもその桜すげー偶然」 「…私は嬉しい偶然は必然だって思うことにしてるから」 「不思議ちゃんなの?」 「ちがう!」 今度は本格的に笑い出した彼に、ちょっとふてくされながらそれでも暖かい気持ちになっていくのを春の陽射しのせいにした。 大人になりたくないと思いはじめたら時間の流れがそれまでとはまったく別物のように早く感じたのは気のせいじゃない。今から5年前高校3年生になったばかりの春、私は彼と出会った。出会ったというのはちょっと違うかもしれない。彼は全国区の野球部の主力メンバー、さらにはキャプテンだったから一方的に存在自体は知っていたのだ。当時、向こうは私のことなど村人A程度の認識さえあったかどうか定かではない。聞いてみたこともない。だって彼と私は住む世界が違ったと言っても過言ではなかった。そういう距離感だったから、あの日彼が私に声をかけたのはただの偶然であっただろう。少女と呼ばれる歳にはあの出会いが必然であったと信じてたのに今はもう思えないほど私の心は荒んでしまった。 『次は○○〜…』 現実に引き戻す車内アナウンス。終電とラッシュの狭間、ほんの束の間の空いている車内に喜ぶ私は、青春とか永遠とかそういうものからは最も遠い場所にきてしまったなと思う22の春。これはセンチメンタルか、ネガティブか。なんでもいい。御幸に会いたいなあ。唐突に小さくよぎった本音、その欲求が叶うはずなどない。叶えようという気力もない。どうした私。この先やっていけるんだろうか?ため息交じりに改札を出て信号待ちをしていたら隣のカップルがいちゃつきすぎて虚しくなった。そんな空気を読むかのように、バッグの中が震え出したからまた出そうになったため息を押し殺してディスプレイも見ずに画面をタッチする。 「もしもし」 『もしもーし』 「えっ御幸…?」 『今どこ?』 「…今どこって○○駅前の信号だけど」 『おう、じゃあ後ろ見て』 そんなはずないと思いながらも期待は抑えられなくて振り返れば、会いたいと欲した御幸が私の後ろにいた。びっくりしてかたまる私に御幸は笑いながら、おーいと目の前で手をぱたぱた振った。思わず後ずさりするとこれまた笑いながらポケットに携帯をしまった。男の人って本当に荷物少ない。 「すごい偶然だね」 「偶然じゃないだろ、むしろ必然?」 「御幸らしくない言い方」 「お前みたいだな」 こぼれた笑みの真横で、胸は高鳴る。どっちも追求はしない。素直に聞く純粋さはもう私には残ってない。御幸の言葉は5年前あの日をシンクロさせる。桜が舞い散る中で御幸にかけられた言葉、私が返した言葉を。果たして御幸は気づいてるのかな。 「そうだ、花見いこーぜ」 「花見?」 「桜咲いてる公園あるだろ」 「いやあるけど今から?」 「えっじゃあなに逆にお前ん家上げてーって言ったら」 「それはいやだ!」 慌てる私に、御幸はお堅いなーなんて笑うからその余裕ぶりがなんかムカついた。イケメンずるい。掃除だってしてないし、御幸と同じ部屋に二人っきりとか今更いろいろもたない。 「おおー…」 「めっちゃきれい」 「だな」 たどり着いた満開の桜が咲き乱れる公園は街灯の光が舞台上の照明みたいに働いていた。幻想的にさえ感じられるその空気に御幸のブラウンの髪、きりっとした眉間、大きな瞳、そして彼が作り出す雰囲気、どれをとってもすごく似合うと思った。 「あーナマエちゃん、見惚れてる?」 「いやっ違う、桜を見てて…!」 「俺にとは言ってないけど」 「うわあ相変わらず…」 「はっはっは」 「ああもう」 「まあでも…お前が元気になってよかったよ」 春風に遊ばれる髪を気にすることもなく御幸は呟く。いつもの飄々さを無くしているから、空気がぴりっと乾いた気がした。どうしてお見通しなのだろう。私は御幸が辛い時気づいてあげられないのに、私の辛さは御幸にだけはわかってしまうのはなぜだろう。この先もきっと一生敵わない。 「さっきの話だけどさ」 「うん」 「偶然だとしても嬉しいことは俺は必然だって信じるけど」 「それあの時の…」 「つまり、俺も救われてるんだよお前に」 だからお互い様。御幸はその肌の裏で優しさを溶かすように微笑んだ。こそばゆい感覚を悟られないように揺られる髪で頬を隠した。ひらひらと桜が舞って私と御幸の空間を染め上げていく。変わらない、あの時も今も。どうしてあの時の言葉を御幸は覚えてくれているんだろう。私はその意味に未だ気づけずにいる。 桜は変わらない 140406 |