「あ、名字」
「あ、御幸」
「…」
「…」

予備校帰りに地元駅前のコンビニに寄って買った500mlの紙パックのジュースをちゅーちゅー吸いながら歩いていたら、1年の時同じクラスだった御幸一也が後ろからやって来た。地元駅って言っても青道高校の最寄でもあったから珍しい話ではない。私の家は青道から徒歩何分って距離だから。しかし、まさか御幸とここで会うなんて。きまずいったらない。それはまさに、この沈黙が証明してると言えよう。だって、なに話す?早く分かれ道に着けって思いながら、ストローを咥える。

「お前さあ」
「うん」
「こんな時間に帰るなんて遅くない?予備校の帰りとか?」
「そうだよ」
「もう受験準備か、すげえな」
「いやぜんぜんすごくない、なんとなく通ってるだけだし」
「それはひでえな」

ええー。言われても仕方ないけれどこの男の物言いは直球過ぎて拍子抜けした。もちろん自分どうしようもないってそういう自覚を持って言ったのだけど同級生から、しかも2年になってから大して話してない御幸に言われるとは思ってなかった。でもそれは確かに的を射てるから私の胸にスローモーションのごとく、ゆっくり食い込んでいく。

「こいつ性格わりーって思ったろ?」
「悪いっていうかはっきり言うなって」
「俺、社交辞令とかお前には言わないから」
「うーん、でもありがたいよ。誰かに言われると効くね」
「どういたしまして」

はっはっはと軽快な笑いで御幸は空気を震わせた。私も頑張ろうって思った。御幸とはフィールドとレベルがちがいすぎて逆に申し訳なささえ感じてしまうけれど。さっきまで分かれ道に早く着けって思ってたけど、他愛もない話を続けるうちに今は着いて欲しくないって思った。話は途切れないし、なにより楽しんでいる自分がいた。私の思考は単細胞だ。生物の教科書のアメーバの写真を頭に浮かべた。いやいい、単細胞でいいからまだ着かないで。とかなんとか思い始めた頃なのに時間は残酷で、分かれ道がもう目の前に見えて来た。右に行けば私の家で、左が青道。

「じゃあ私こっちだから、ばいばーい…」

右向け右で、踏み出した私の左手首少し上の方がやたらと骨ばった豆だらけの手に掴まれていた。

「御幸?」
「送る」
「野球部大変だし、悪いからいいよ」
「こう見えて体力には自身あるんだけどなあ」
「いや、普通に体力の塊に見えるよ!でもほんとにわるいから」
「はぁ…こりゃ手強いわ…はっきり言わないとわからねえ?」
「え?」

真剣な表情に掴まれたままの手首が、耳が、頬が熱くなっていくのを否が応でも気づかされる。

「まだ一緒にいたい、意味わかる?」

緩やかに落とされた声のトーン。気づかないふりをしないとばかな私は自惚れてしまうから慌てて目を逸らす。でも御幸はそれを許してくれない。そうして、嘘みたいに綺麗な月を背にすると御幸は私の頬に彼の影を生み落としたのだった。






title by さよならの惑星
140326 御幸一也/◆A
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