「そんでよ、沢村のやつタメ口使いやがったからサソリ固めしてやったぜ」 「沢村くんかわいそー倉持さいてー」 「あ?鉄は熱いうちに打てって言うじゃん、今からシメとかないとな。でさー」 前の席の倉持はよくしゃべる。後ろ向きに椅子にまたがって、私の席に頬杖つきヒャハと明るく笑う。倉持と話すのは本当に楽しい。うるさいくらいの明朗快活さに、ずいぶん助けられることも多い。顔怖いけど。実は優しいって知ってる。でも。 「お前さ、机と椅子離れすぎじゃね?」 「そんなことない!」 大慌てで否定しても、倉持はうそくせーと笑う。そのタイミングで帰りのショートホームルーム待ちのクラスに、やけに大きな音を立てて担任がようやく入ってきた。かき消されていくクラスメイトのおしゃべり。正直ほっとした。それにシンクロして消えた私と倉持の間の会話。〜で〜だから明日は。退屈な担任の話を聞き流しつつ音を立てないように注意を払いながら足を揃えて椅子を引く。近すぎる距離は私をちょっとおかしくするから倉持がこちらを向く時は少し、ほんの少し自分から離れてしまうのだ。この感情を正確に言い表す言葉を私はまだ持っていないような気がする。でも、多分これは…。きりーつ。反芻する思考から現実に戻される、日直の号令。 「じゃあな」 「ばいばい、練習がんばって」 「さんきゅ」 「…ねえ、名字さんちょっといいかな?」 クラスメイトのサッカー部が私の横に立っていてついてきてくれと呼ぶ。頷きながらも、私は廊下へ向かう倉持の姿を追ってしまう。視線は音もなくかち合ったのに私から逸らしてしまうのはどうしてかな。 ・ ・ ・ ビリジアン色のベンチに寄りかかる私の脳内にはサッカー部X君の言葉が駆け巡っていた。自販機前で放課後、一人でいる女子生徒なんて異質に見えるかもしれない。幸か不幸かこのスペースにはこの時間ともなると滅多に人が来ない。運動部はグラウンドや体育館近くにそれぞれ自販機を持っているので、どちらかといえばそっちを使うだろうから。ふうっと息を吐き、目を閉じて先ほどの言葉を反芻する。名字さん好きなんじゃねえの、あいつのこと… 「何やってんだ、こんなところで」 渇いた空間を潤すよう発せられた声の主のまだらに黒に染まった白い練習着が、傾きかけた日とともに私の頬に薄く影を落とす。ゆっくりと視線を移せば、わかっていたけど倉持がいた。聞き間違うはずがない。 「ちょっと向こう寄れよ」 「えっ?」 「だーかーらー俺が座れねーだろ!」 ほら!しっしっと追い払うように振られる手に素直に従って、ベンチの端へおっかなびっくり、腰をスライドさせる。対照的にどかっと偉そうに倉持が隣に腰を下ろした。風がふわっとなびいて、倉持が存外近いことを知る。途端に、私の鼓動は早くなる。倉持が近い。肩が触れてしまうのではないか、わずかに広がったスカートの裾が彼の足に触れてしまうのではないか。私は左隣ばかりが気になる。 「さっき、お前告られてたろ」 「えっ、」 「あいつだよ、サッカー部の!」 「ああ…まあ…」 「なんだよ全然うれしそうじゃねーのな」 「いや、嬉しいは嬉しいけど」 「オッケーすんのか?」 「しないよ」 「じゃあなんでそんな難しい顔してんの?」 組んだ手を解いて、膝の上に乗せながら倉持は首を傾げて幾分覗き込むように重心を移動させた。物理の実験でやった転がり落ちる鉄球のように、加速度を増す鼓動は正直だ。ああやっぱり。名字さん好きなんじゃねえの、あいつのこと… 「好きなんじゃないのって言われて」 「誰を?」 「くっ、倉持のこと…」 身体中の血が頬と心臓をめがけて暴れまわるような気がした。すでに疑惑は確信に変わっていた。倉持へのよくわからない感情は今日、この瞬間に恋だと自覚させられた。頭ではこんな分析したって私はほんとは全然冷静なんかじゃない。スルーされたらどうする?笑われたらどうする?不安と恥ずかしさが私を支配していく。倉持の方なんか見ることもできない。ああもうだめだ。 「待てよ、言い逃げすんじゃねーよ」 「別に、そんなんじゃ…」 「お前は…俺のことどう思ってんだ?」 「す…きです」 今すぐ、穴があったら入りたいそんな気分だ。消え入りそうな声で、しかし確かに倉持に気持ちを伝えてしまった。倉持への思いが、想いに変わったと気づいたばかりの私にはこれはハードルが高すぎた。無理…恐る恐る左を見やると、耳を微かに赤く染めおでこに手を当てる倉持がいた。 「倉持、その…なんかごめん」 「あのな、俺は」 「忘れていいから…!あの今までと同じように…」 「忘れるわけねえだろ…その言葉を俺はずっと待ってたんだからよ」 ぎゅっと胸のあたりが内側から甘く絞られたように淡く揺れる。月9のクライマックスよろしく春を思わせる風が髪をさわさわと舞い上がらせる。倉持はおでこから手を離して、真っ直ぐに私の目をみつめてくる。ずるいなあ。 「お前が好きだって言ってんの」 「…っ…」 「ちょっ!泣くなよ」 「っ…ていうかなんで言ってくれなかったの」 「だってお前サッカー部に言われるまで気づいてなかったんじゃねーの?」 「なんで、それを…」 「俺の目は誤魔化せねえからいろいろ覚悟しとけよ」 「いろいろってなに!?」 「ヒャハハハ、ひみつー」 レム睡眠 140314 倉持洋一(◆A) |