私が言うのも変だけどありがとうって真っ先に浮かんだ。 ND20XX イフリートデーカン・41の日 走らせていたペンがその滑りをやめ、きりっと紙を削る音が乾いた部屋に響いた。溜まっていた書類に日付を書き、さああとは自分の署名だけというときに、なんとまあタイミングの悪いこと。引き出しをあさって、インク瓶を探すけどみつからない。そういえば、買わなきゃなあと思ってたのは旅を再び開始する前だった。明日行けばいいやいや、明後日と思いつつ先延ばしにしていたつけがこんな大事な日に来るなんて。大事な日、今日はガイの誕生日だ。それなのに仕事に追われるとは…別にガイは私のこと仲間の一人としか思ってないだろうけど一刻も早くガイに会いたいのに。はーあ、山積みの書類にため息が漏れる。私はジェイド大佐率いる第三師団所属の軍人で、タルタロスが六神将に襲撃されたあのときあの場所にいた。タルタロスとイオン様を奪還する作戦が失敗し、もう覚悟を決めたときだった。 「ガイ様、華麗に参上」 金の閃光とともに降ってきた彼は、眩しく笑みをこぼしたのだ。形勢が再び逆転し、私たちは辛くもタルタロスとイオン様を取り戻すことができた。しかし、それはまだ序章にすぎず、私たちはそれから長い旅を共にすることとなった。ガイがマルクトに戻ることを決めたときもルークには悪いけど、私は内心とっても喜んだのを覚えている。気づいたら好きになっていて、側にいたいと胸のうちに秘めるようになっていた。その想いが、仲間に対するそれではないことに気づいたのは、ガイの女性恐怖症の真実をダアトで知ったとき。私は一生ガイに触れることが叶わなくたっていい、だからガイが幸せであればいい。そう強く思った、のと同時に自覚してしまったのだ。 「ナマエ?入りますよ」 コンコンと鳴らされたノックの声の主は私の上司のジェイド大佐だった。私に大量の書類を押し付けた張本人と言っても過言ではない。よりにもよってなんでこの日に。半ば、睨みつけるような視線になっていたかもしれない。嫌がらせとしか思えない。上司だし、恩もあるし、何より私は大佐を尊敬してるから逆らえないんだけど。それに大佐って絶対私がガイを好きなの気づいてるよね。 「いやあお仕事ご苦労様です」 「まったくですね…」 「おや、誰のせいでしょう?」 「いや、気にしないでください」 「ではお詫びと言っては何ですが」 「?」 そこまで言い、口をつぐんだ大佐はどうぞとドアを振り返った。どうぞ?いったい誰に? 「ジェイドの旦那は相変わらず鬼畜だなあ…スパルタなのもほどほどにしてやれよ」 「えっ!?ガイ!?」 「やあナマエ」 「では、後は私に任せてお若い二人は散歩でもしてきたらどうですか?」 「はっ?」 「まったく…ナマエ、ちょっと付き合ってくれないかい?」 うん、と頷けばガイはふわっと微笑んでドアを引き私をエスコートしてくれる。ちなみにこういうことは誰にでもやっている。ガイは紳士だから。これが私がガイを好きな理由の一つであり、また、悩みの種でもあるのだ。ふと振り返れば大佐は眼鏡をキラリと光らせて笑った気がする。落としてあげる的な。どれだけ悪態ついたって私が大佐についていくのはこういう気遣いをここぞというときにやってくれるからかなあ。ありがとう大佐。 「ナマエ?」 「ごめん行こうガイ」 ・ ・ ・ ガイの横を歩いていれば、すれ違うメイドたちの生ぬるい視線がなめるように彼をみつめているのがわかった。となりにいる私が恥ずかしいくらい。まあ大佐の横にいるときもそうだけど、世の女性たちはイケメンに弱いというのは肌で感じる。多分私も同じなんだろう。人のこといえない。それをかいくぐるようにたどり着いた、宮殿前の噴水。涼しげな音色が鼓膜を揺さぶる。 「ガイは今日はお仕事おやすみじゃなかったの?」 「いや、いつも通りだが?」 「あれっそうなの?大佐が今日はお休みっていってたから…」 「ジェイドの旦那どういうつもりだ?俺に会わせたくなかったのか…」 「えっ?私はめられた感じ?」 「どうだかなあ…なあ、ナマエ、キミはジェイドが好きなのか?」 えっ!?好きってそういう好き?いや、今まで何度もそういう勘違いをされたことは正直あったけど、まさかガイの口からそんな言葉がでてくるとは、まったく予想だにしてなかったので私はびっくりしてしまって目をまん丸に見開いてしまうばかりだ。 「いや、好きだけどそういう好きじゃないっていうか」 「じゃあ、そういう好きって誰なんだ?」 好き。耳から頭のてっぺん、爪先まで染み渡っていく。オーダーメイド品のごとくフィットする言葉。ガイの青い瞳をとらえて、彼がその金を瞬かせる間に私の口から自然に生まれた言葉。 「ガイだよ。私、ガイが好き」 驚く刹那さえ与えることなく伝える。ずうっと秘めてきた思いが産声をあげたときだった。 「ガイと出会って旅をして一緒に色々なことを経験出来て本当によかった。あのね、ガイ」 走馬灯のように流れるそれらは、私の大切な瞬間であり、永遠だった。仲間と過ごした時間、ガイと話したいろんなこと。この先、ずうっと忘れない。そして、心の底から思うのだ。 「生まれてきてくれてありがとう」 不思議と落ち着いた気持ちだった。その思いが報われなくたってかまわない、伝えることに意味がある。そう思えたのは初めてだった。すうっと息を吐いて、彼の瞳をみつめる。ガイは、驚いたようでもなくただゆるりと目を細めていた。映る感情は容易には読み取れない。なにか美しい染め物のように色々な感情が混在していた。そのうちにガイはふっと口角をあげて、口を開く。 「生まれてきてくれてありがとう…か。そう言われたのは初めてだな」 「う…ん」 「なんだろう、すごく胸が温かくなるな」 「よ、よかった」 「ありがとうナマエ。俺は生まれてきて、キミと出会えて本当によかったよ」 「ううん、私こそ」 「ナマエ、俺もキミが好きだ。俺はこんな身体だし、まだまだ伯爵としても未熟だし、家のこともすごく忙しくて…でもずっと側にいて欲しいんだ」 すっと差し出された手と共に発せられた言葉は私の全神経を揺さぶって離さない。きゅっと結ばれた口は緩く弧を描いていて、頬に熱を運ぶ。おそるおそる手を伸ばせば、ガイは更に嬉しそうに目を細めた。と思ったのも束の間、小さく飛び上がった。 「す、すまない…まだまだ、練習が必要だな」 そういって頭をかくガイがたまらなく愛しい。噴水を通過した涼しげな風が二人を撫でていく。きっと、いつの日か今日を思い出すとき、ガイの側にいられたらいいなと心底思った。 ハニーオレンジの星に告ぐ title √A イフリートデーカン・41の日(5月41日) ガイ生まれてきてくれてありがとう。 130731 |