※暗い 鏡に映る私はぐちゃぐちゃに重ねられた色のように濁った目をしている。その色を少しでも洗い流したくて顔に水をかぶった。悲しい気持ちと自責の念に駆られながらどうしていいかわからない。…ジェイド。自然と漏れた懇願するような声に自嘲しながら、蛇口を回す。彼は先ほど、ここセントビナーのマルクト基地に到着し、今はマクガヴァン将軍、元帥と話しているらしい。はらりと、取ろうとしたタオルが床に舞う。ひざを折り拾う所作の中で、譜術士にとって封印術をかけられるのは、剣士がその腱を斬られるようなものかもしれないと思った。 「封印、術か…」 「おや?私の話ですか?」 「っ!ジェイド!」 脳内で散々うごめいた顔が目の前にあって、慌てたなんてものではない。気配なんて全く感じられなかった。タルタロスで別れて以来である。 「さあ、みっともないですから立ち上がったらどうですか?」 やれやれといった具合で、けれど口には笑みを携えて彼は言う。なんで。いつだってジェイドはそうだ。私はジェイドに気づけない。差し出された手を首を振って拒んだ。触れてはいけない気がした。あなたを守れないこの手で。ジェイドのその赤い譜眼から逃亡するかのように視線を落として「自分で立てるから」と吐き捨てた。ゆっくりとおろされていく手に胸が痛んだ。 「…怒っているのですか?」 「ええ、とても」 「貴方のことですから…自分にですか」 「当たり前です、私は弱すぎた」 そう、私は腹が立って仕方ない。六神将のタルタロス襲撃時、艦橋にいた私は神託の盾騎士団が攻め入ってきて仲間と共に剣を構えた。懸命に戦うも苦戦を強いられ、仲間たちは次々に倒れていった。気づけば譜術士である先輩二人と私しか残っていなかった。圧倒的な数の差があった。先輩が詠唱を開始する前に私が切り込もうとしたときだった。ぐいと引っ張られ外に投げ出された。「お前は生き残れ」そう言い、微笑む先輩。軍人になったら強くなって、たくさんのものを守れると思ったのに、私はなにも守れない。そうすべきではないとわかっているのに、その場にいて指揮をしていた大佐に言うべきではないのに 、私の後悔は止まらない。 「泣きたいなら我慢する必要はないんですよ」 諭すような、声だった。その言葉にはっと気づかされる。けれど私には泣く資格さえないと思った。静かに顔を上げれば、血のように赤いジェイドの譜眼が細められる。 「私には人の死がわからない、けれど」 「…ジェイド?」 「あなたが代わりに泣いてくれたら…と思います」 喉の奥からせり上がる思いが嗚咽となって空気を震わせる。ジェイドは幼子をあやすかのように私の頭を撫でる。その動きはどうしようもなくひどく涙腺を刺激して堰を切ったように涙が溢れ出していく。自分のため、泣けないジェイドのためにぐちゃぐちゃな色を流していく。強くなりたい、そう洩らすとジェイドはなにを言うでもなくただ頷いてくれた。あなたを守りたい。その言葉は未だ飲み込んで仲間に思いを馳せた。 大概のものは除光液で消える title 棘 130810 |