※暗い 「シュヴァーン隊長」 私の声は、ただすり切れた布の擦過音のごとく無機質だった。この冷えたバクティオン神殿でそれは別段浮きもせず響いたれど隊長は動ずることなく剣に手を置いたままだった。 「お前は早く逃げた方がいいだろう」 「なぜですか」 逃げた方がいいって、どういうこと。自然の摂理に従い垂れる髪は、隊長の横顔のほとんどを覆ってしまっていた。見えない。隊長が何を考えているのか。どうしてそんなことを言うのか。 「まもなく凛々の明星がエステリーゼ姫を救出にやってくる」 「ええ」 「彼らと戦うことになるだろう」 「承知してます」 「その意味がわかるか?」 ぴりっと空気に亀裂が入る。否、私の感情のみがそれを作り出していた。隊長は声音を変えることもなく、静かに息を吐いた。あきれでも、怒りでもない。なにも映らないそれ。 「戦うということは、ユーリに刃を向けるということ」 「そうだ、お前に出来るのか」 「私に…?」 「ユーリ・ローウェルを斬ることが」 ユーリを斬ることが。言葉が重みを持って、のし掛かる。抗って左手で剣を握ればカチャリと鈍い音がはさみとなって意識を尖らせて身震いが私を襲う。この剣で、ユーリを。生ぬるい何かが喉をゆっくりと通過した気がする。隊長はまた一つ息を吐いた。 「ナマエならまだ間に合う」 「……」 「お前まで手を汚す必要などない」 「どうして…隊長ばっかりこんな辛い思いをしなければならないのですか…」 「俺はもう死んだ身だから」 ふるふると首を振りながら思う。十年前の人魔戦争からずうっと。誇り高きシュヴァーン隊のオレンジ色の下で稼働する心臓魔導器。キャナリ小隊長、ファリハイド。脳内を巡る情景は、きっと幸せであったろう隊長の未来。奪われたそれら。還らないそれら。私にはどうすることも出来ない。ただ隊長の力になりたくて、ここまで着いてきた。その意味、感情が決意を固めさせる。 「私は中央部で足止めします」 「そうか。お前が決めたことならそれでいい」 「私は、隊長の…」 言いかけた言葉はのどの奥でその光を消した。私の大好きな隊長の薄いブルーの瞳。時の止まるような刹那で嫌になるほど気づかされてしまう。 「…御武運を」 力になりたいとはなんて傲慢で馬鹿な女なのだろう。踵を返して歩き出せば、反響する鎧の鈍い音が突き刺さっていく。嗚呼、私に彼は救えない。 えいえんの空白 130330/title 弾丸 |