「誰にだって苦手なことの一つや二つあって当然じゃないっすか、そんでたまたま俺の場合は英語だったんすよー」

赤也はだらしなくヘラヘラ笑う。くしゃくしゃの英語の答案用紙を鞄から引っ張り出すとゴミが飛び出してタイルにころりん。赤也は拾ってゴミ箱に投げ入れる。ナイスショッ。いやそうじゃなくて赤也はさ、仕方ねーじゃんみたいな感じにしようとしてるだろうけどここは私が先輩としてきちんと注意してやらなきゃと思うんだ。マネージャーとして、副部長つまり真田にばっかり任せてられないよね。

「あのね赤也、英語は本当に大事だよ」
「でも俺、日本から出る気ないし」
「それ関係ないらしいよ。なんか日本にいても必要不可欠だってテレビでやってたよ」
「えー困る」

ほらグローバル化って言うじゃん。グローバルって国際って意味だよ。私もよくわからないけど共通言語に英語が使われるのって間違いないと思う。だから英語使えないとやっていけないんだって。どっかで聞いたあやふやな知識を一気に伝えると赤也のヘラヘラが少しひきつり出す。

「そんなはずないっすよね…?」
「あるよ。それにね赤也、サンタさんは英語をしゃべるんだよ知ってた?」
「え、えー?」

赤也の顔からヘラヘラがパッとまるで何かの魔法のように消えていく。おもしろいなあ。柳から「赤也は未だにサンタクロースを信じている」だなんて、にわかには信じがたいとびっきりの情報を入手した甲斐があった。疑う私にその後「お前は…なるほど」と意味深な笑いを向けたのは引っかかるけどまあそんなことはどうだっていい。

「じゃあ俺が今年サンタに日本語でしたお願いきいてもらえないんスか!?」
「多分そうだと思う」
「でも今までは来たっすよ!」
「もう赤也も中2なんだから英語じゃないと来てくれないよ」
「えー…」

弱々しく机に突っ伏してしまった赤也の代わりに私は机の上でくしゃくしゃな答案用紙のしわをアイロンがけする。点数は案の定赤点でやっぱりなあなんて思う。大体私だって英語は別に得意じゃないし、立海はエスカレーターで高校あがれるからあまり強くは言えないけれど、とにもかくにも私は一つ下のこのテニス部エースが心配で仕方がないのだった。赤也のくるっくるな髪の毛に埋まった旋毛とくしゃくしゃな答案用紙を目線で往復運動していると彼は不意に勢いよく椅子を鳴らして起立した。

「決めた!次のテストで赤点とらねーっす!」
「うん偉い!頑張って」
「だから先輩が俺に英語教えて下さい!」
「ええ?」
「頼みますよ、ほんと他の先輩怖くて説教ばっかで…」
「柳とかに聞けばいいじゃん」
「柳先輩は理屈っぽくて全然わかんないんすよ」

ね?そんな風にくるりんとした目でされるまっさらで汚れのない赤也のお願いに私が弱いのを彼は気づいてやっているのだろうか?かわいい赤也。こんなになってしまったら詰まるところ私の首は縦にしか動かない。それを見た赤也はパアーッと顔を輝かせて私の手を取る。びくりと肩がジャンプして、私はちょっと変な気持ちになる、でもそんなのお構いなしに赤也は言うのだ。

「ありがとうございます!ナマエ先輩っ」



赤也の勉強を見るようになって、早二週間がすぎ、テストも終わって今日は返却日のはずだ。まあギリギリなんとかなったようなならなかったような…。つまり、ボーダーライン上にいる。赤也を待つ部室には私だけだった。そわそわ、携帯をいじってみたり、一ヶ月も前のジャンプをパラパラめくってみたり…とこっちがしてしまう。どうかな赤也。気になってしかたがない。そのときバタンとドアが開いて、三つの影が侵入してきた。

「あーまじさむかった」
「ほんまに寒がりじゃの」
「仁王先輩こそちょっとは寒がった方がいいっすよ」
「暑いよりはましじゃろ?」
「まあな」
「あっナマエ先輩!」

ブン太と仁王と赤也。縮こまるようにして入ってきた三人。ブン太は赤也と私をまじまじみつめたかと思えばなにやら仁王に耳打ちをする。

「俺ちょっとコンビニ行ってくるわー仁王行こうぜー」
「健闘を祈るぜよ」

わざとらしいことこの上ない。ウインクを飛ばしたブン太は口パクでハーゲンって形成するとひらりと去っていく。だれが。ドアから視線を移すとすとんと着席した赤也がゴクリとのどを鳴らした。あの結果なんすけど。ふたりぼっちの部室、エアコンの稼動音しかないそこに、緊張が走る。もちろん私もつられてのどが鳴る。ゴクリ。ラケバからそろそろとしわだらけの紙が現れるの見守る。

「…50点!」
「おおー!赤也!おめでとう」
「いやあ俺もやれば出来るんすよ!」

思わず赤也の手を握って立ち上がる。きゃあきゃあと騒ぐ私に赤也はきょとーんとした顔をして黙り込んでしまった。どうしたの?覗き込めば、かち合うのに、かと思えばぷいっと逸らされる視線。

「先輩、手…」
「あっごめん」
「いや、ちがくてっ!」

その、なんてゆーか。このままがいいかななんて。りんごというよりは、熟れたての桃のような色を頬に宿して赤也は言う。私も鏡像のように同じ色で染める。そんな私に赤也はかわいいなあって言いながらピンクを投げる。先輩と後輩だとか、そういうのは簡単に崩れてしまって、目の前にいるのはひとりの男の子。もう余裕のよの字すら蒸発しちゃったようで。

「あっ赤也、これでサンタさんくるね」
「もうきたっすよ」
「えっ?」
「俺のお願い、ゲームだけじゃないっすよ?」
「ちがうの?」

赤也は目を細めるとあまあい声でつぶやいた。

「…先輩が俺のこと好きになってくれますように」


いい子だったからきたよ
121228 二年越しのおはなし。
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