「……愚か、か」

まずい、と思った。あぁ、もうあれは本当に止められないかも知れない。(世界に愛されなかった子供は変わってしまった)シエルが一歩踏み出した。(愛されることを知らなかった子供は、)少しだけ長くなった朱色の髪が少し跳ねる。(愛されることを怖がった)その雰囲気に押されたのか、キリアは数歩下がった。先程までの高笑いの様子は微塵も見れない。


「確かにな、被験者…人間って愚かだよ。本当に自分の子供かどうか、見分けがつかねぇんだから」
「…シ、エル…?」

雰囲気の違う彼に声をかけたロイド。ただ、その声は消えそうなまでに小さい声だった。自分と重ねているのかどうかは分からない。“本当”と比べられる痛さは私には分からない。私はあくまで“本当”であって“偽り”ではなかったから、彼の痛さは誰にも分からない。此処にいる誰にも、分かるはずがないんだ。

「この人は、本気で娘を、奥さんを、愛してた。それを壊したのは、お前だ。せめてもの報いだよ、一瞬で終わる」

そう言って彼は笑っていた。(あぁ、あの表情、前にも見たことある)剣は汚れなかった。光の後、そこには誰もいなかった。その力が何のか、それは誰にも分からない。断末すらも残らなかった、手段は1つしかない。
(…超振動、か…)
どれだけ危険か、それは私も彼も身を以て体験していた。


「……はぁ、」

誰も口を開かない重い空間の中でポツリと溜息をついた。その音にハッとしたように、シエルは振り返った。少しだけ恐れが見えるようなロイドたちと怪訝そうな顔を向けるリフィルとクラトス。
それからあきれ顔の私を見て、やってしまった、というような表情に変わったシエル。(そんな彼に、子供たちは安心していたように見えた)



「被験者とか言わないの。萎える」
「う、ごめん」

成長したって想っていたんだけれど実際は何も変わっていないみたいで安心した。ただ、言葉には気をつけないと一瞬で消されるかも、なんてそんな冗談を考えていたら不機嫌そうな顔でまたシエルに呼ばれた。


「それよりセレネ、助けてやれるだろ?」
「え?」
「…そうね」
「姉さん…薬無いのに、助けられ…んのか?」
「まぁ見てなさいよ」


クララさんに近付く私を不思議そうに見ていた人たち。クラトスとリフィルは気付いたのだろう。私がこれから行うのは、あの時ハイマで使った術と同じ術だということに。「レイズデット」という小さな声と同時に譜陣が光り、狭い地下に光がいっぱいになり、思わず目を瞑る。そして次に目を開けた瞬間には、そこに綺麗な女の人が倒れていた。


「クララ!!」

ようやく我に返った総督は、ロイドが無理矢理開けた牢屋の中へと駆け込んでいった。しばらく目は醒めないだろうと思われる奥さんを大事そうに抱きながら、涙を流しているように見えた。
その光景を見ながら、思わず私は目を細めて、音叉をしまって階段を1人で上がっていった。シエルはそれを見ていたけれど、何も言わずにまたロイドたちの方へと向き直っていた。


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