不意に、コレットたちの方へに顔を向けたら、総督の後ろにいる彼女、キリアちゃんに違和感を覚えた。その表情は、今浮かべるべきものではないモノだった。警報が頭の中で鳴った気がする。音素が一瞬風に揺れた気がした、気がしただけなのだ。此処は、実際地下だから。だったら、音素が揺れる理由は1つしかない。



「シエル!」

ほぼ反射的に叫んでいた。彼も、気付いたのだろう。私が名前を呼ぶよりも早く動いていた。その行動にロイド、ましてクラトスまでも目を見開いていた。シエルが、躊躇なく総督へと向かって走っていった。咎めるようにコレットの声が聞こえたが、それを無視してシエルは総督の後ろにいたキリアに向かって剣を抜く。

「お前一体何を…!」

ロイドの声が聞こえると同時に、シエルは総督をこちらへと突き飛ばす。彼がバックステップで後ろへ飛んだのを見て、私は譜術を発動させた。


「敵を蹴散らす激しき水塊、セイントバブル!」

水が弾け飛んだ。辺りに水しぶきが波打って、キリアちゃんは壁に打ち付けられた。やはり、音素は揺れたまま制止しない。それを不審に思いながら、音叉を下ろした。いまだ、揺れたまま。


ふと、一歩下がっていたシエルが、少しだけ眉を寄せて振り返った。言いたいことは分かって、思わず音叉を片手に笑っていた。

「セレネ、いくらなんでも室内で上級譜術はやめろって」
「先手必勝、よ」
「2人とも、キリアちゃんに何するの?!」

総督が呆然としている中、コレットが泣きそうになりながら叫んだ。リフィルもクラトスも気付いていないのだろう。怪訝そうな顔でこちらを見ているのが分かる。振り返ろうとして、また音素が揺れたのが分かり、そのまま壁を見つめる。



「ふ…ふはははは!愚かな劣悪種が、この私の正体を見破るとは思ってもいなかったわ!」

確実に普通の人間では生きていないだろう。いや、生きていてももうすでに動けない状態のはず。私の上級譜術を喰らっても、何ともない風なのはどういうことか。理由は1つしかない、アレが、魔物だということ。キリアちゃんはおもむろに立ち上がり、笑っていた。誰もが見ている中、キリアは見る見るうちに姿を変えていった。その姿はもはや人ではない、魔物そのものだ。こんなところだろうと思った。


「私はディザイアンを統べる、五聖刃が長プロネーマ様のしもべ。五聖刃の1人であるマグニスの新たな人間培養法とやらを観察しに来ただけ。優れたハーフエルフである私に、こんな愚かな父などいない!」
「愚かな父、ですって?」

思わず眉間に皺が寄った。彼はただ、必死だっただけだ。大切な人を守りたくて、助けたくて、
辺りが見れていなかっただけなのだ。(それは、かつての誰かたちと似ていたように)


「愚かではないか!娘が亡くなっていたことも気付かず、化け物の妻を助けようと有りもしない薬を求めるなど…あははは!!」
「許せない…!」
「こいつ…っ」

しいなとコレットが歯を食い閉めているのが分かった。この2人は、こういうのをトコトンと嫌う。タイミングを見計らった私は、それとなく後ろへ下がる。総督はいまの現状に頭がついていけないらしく、半ば放心状態になっている。本当のキリアちゃんは大方アレが殺したのだろう。キリアちゃんは元には戻して上げられない。ただ、この人の妻という人は、助けられるかもしれない。そう思いながら、牢屋の奥に閉じこめられている“彼女”を見ていた。


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