とまぁ、そんなことを背後でやっていたとは知らずに、私は舞台に描かれている円陣の数箇所を杖で軽く叩く。その部分が僅かに光を帯びたのを確認してから、その中央で片膝をついて礼をする。すると、それに呼応するかのように円陣が光を増して、強い光を放った。

「精霊が現れたぞ!」

なんて誰かの声に、頭を上げて一歩下がった。そこにいたのは角があり、翼はコウモリのような形。長い爪?に腰から下は強い乱気流に巻かれていて、よく分からない。…こんな禍々しいものが精霊だ、なんて言ったら世界の終わりね。冗談だけれど、間違ってはいない。


「我が名はツァトグ。娘を貰い受けに来た」

誰が行くか、なんて思いながら。譜術の詠唱をしようとして、やめた。怒られるのは私だ。それだけは勘弁して欲しい。こうなった以上、あいつが出てくるだろうことは予測してある。

「セレネ、それ違うよ!それは封印の守護者でも精霊でもない…っ!!」


そんなコレットの声が聞えて、振り返ろうとした時。ふわりと何かが動いた。舞台に上がってきたシエルだった。その手にはいつの間にかローレライの鍵が握られていて、…あら?こいつ、私の音叉を何処にやったのかしら。目の前に現れたシエルは、どこか楽しそうに笑っていたように見えた。

最近、戦闘不足らしい。


「んー…超振動使っていい?」
「迂濶に使わないで」
(…誰だよ、使いまくって調子崩したのは…全く、)

面倒になったのか、超振動って言い出すなんて。呆れたようなため息が聞こえたが無視。…目の前に魔物が迫ってるというのに、普通に会話している私たちはおかしいのか(周りの視線が痛いから)ローレライの剣を構えたシエルは、どうやら直接手を下すのは面倒らしい。第四音素が集まっていくような感じがして(不安定の音素より落ち着く)

「…慈悲深き水嶺にて凄烈なる棺に眠れ……フリジットコフィン!」


地面から打ち上げられた大量の氷の破片。その後に、頭上からの巨大な氷塊が見事命中し、更にそこにイラプションをぶち噛ましたシエル。叫び声すら聞こえず、跡形もなくソレは消え去った。いつの間にあんな上級譜術を習ったのか、と聞けば、ユリア、という答えが返ってきた。…え、ユリア?あぁ、そういえばこいつ。創世暦時代にいたんだっけ。

なんて思いながら、静かになってしまったその場に、困ったような表情をしているシエル。自業自得、と心のなかで笑いつつ、そのすぐ側に、何かが落ちているのに気付き拾い上げた。


「…リフィル、これ」
「どれだ?!」

最後まで言ってないのに、とため息。すぐさま舞台に上がってきたリフィルに先程拾ったものを渡す。おそらく先程の魔物が持っていたものだろう(よくシエルの譜術で壊れなかったものだ)それは地図のような石板だった。それを見たリフィルと誰か(ライナーさんらしい)は直ぐ様その場をあとにしていた。一体、なんだったのだろうか。全然理解出来ないんだけれど…。



「…シエルってめちゃくちゃ強ぇーじゃん」
「下手したらセレネと互角だよね」

そんな話をしていたジーニアスとロイドが視界に映った。…あの二人は一体私たちをどういう目で見ているのかしら。


「セレネ〜、シエルもお疲れ様ぁ」
「本当だよ」
「………悪かったわね」

駆け寄ってきたコレットに笑顔を返していたら、シエルも笑っていた(まだ嫌味を言うつもりなのか)リフィルがどうせ今日は動かないだろうと見て。クラトスが宿に向かうぞ、なんて言葉を挙げたら。ロイドたちは石段へ向かって歩き出していた。


「一件落着かしら」
「多分な。つーわけで、セレネ。強制連行」

笑顔で私の手を引き始めたシエルに本日二度目。…どうしてこいつが此処にいるのかしら。その前にどうして私が此処にいるのかしら。ていうかいつこんなにルークは性格が悪くなったんだろう。ロイドたちは既に石段を降り終わっていて。一番大きな宿へ向かっているのが見えた。ただ、影を回ったところで見えなくなったが。
私とシエル、それから最後尾にクラトスは苦笑いしながら石段を降り終えた。



「……セレネ、お前はそのまま行くつもりか?」

クラトスに言われてハッとした。そういえば、踊り子の衣装のままだったと。失笑しながら「そういえば、」なんて答えた。さすがにこのまま宿に入るつもりはないから、着替えに行かなきゃね。なんて思って、財布をクラトスに渡した。

「あ、俺も行こうかな〜」
「分かったわよ、勝手にしなさいっ!」

さっきからネチネチうるさいわね、なんて思いながら。結局二人で無駄に言い争いながら歩いて行く。実のところ。ちゃんとシエルが心配してくれているのは知ってるから、本当に拒んだりはしないんだけれど。



「………ああいうところは似ているな」

小さなクラトスの呟きは、渡したの耳まで届かなかった。


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