アリエッタに連れられるまま向かった先は導師の部屋だった。少し待ってて欲しいと部屋に入る前の譜陣からは遠ざけられた。…ぶっちゃけ合言葉知ってるなんて言えるわけもなく、大人しく待つこと数分。

「遅い」

部屋に入った瞬間に鋭い視線とそんな言葉が飛んできて苦笑いを零す。顎で座れ、と命令されてさらに苦笑いが零れる。なんて横暴な。アリエッタを見ると、お茶を淹れると言って部屋を出て行ってしまった。お湯を沸かしにいったらしい。

座れと薦められたので遠慮なくソファーに腰掛ける。挨拶もしなかったけど別にイオンは何とも思わなかったようだ。

「なぁなぁ、入口んとこで髭…じゃねぇや、ヴァンに会ったんだけどさ。あいつ俺が生きてること知らねぇの?すげぇ驚いてたんだけど」

思い付いたようにそう言うと、イオンが眉を顰めたのが分かった。どうしたんだろう、と首を傾げるとちょうどサインをしていたらしい書類をそのままぐしゃっと握り潰していた。

「へぇ、ダアトに戻って来てたんだ。またバチカルに出入りしてるかと思って部屋に大量の書類残して来た甲斐があったね」

にっこり、と綺麗な笑みでえげつないことを吐き出すこの導師イオン。可哀想に、とは思うけれど自業自得だ。くすくすと音を立てて笑っているイオンに顔を引きつらせたまま疑問を口にした。

「戻ってきてた?どっか行ってたのか?」
「ああ。あんたの被験者のところ。よっぽど気に入ったんだろうね、剣術指南と言ってはしょっちゅう顔を出してるようだし」

さっさと神託の盾騎士団辞めればいいのに、と零しているイオン。ちょうどその時、アリエッタがお茶と菓子を持って部屋に戻ってきた。そのアリエッタの姿が見えた途端、その何かを企むような表情をすぐさま消していた。…どんだけアリエッタ好きなんだよ、イオンの奴…。

「フレイ、紅茶飲める?」
「うん。飲める飲める。ありがとうアリエッタ」

イオンにまず紅茶を手渡すと、続いて俺の目の前に紅茶を置くアリエッタ。嬉しそうに笑うと、アリエッタは俺の座っているソファーと違う椅子に腰かけた。その様子を見て、イオンが何やら険しい顔をしている。嫌な予感がするとはまさにこのことだろう。

「ちょっと、いつの間にアリエッタと仲良くなってるわけ?僕の知らないところで。ねぇフレイ?」
「おま、その顔怖いからやめろ!」

不可抗力だ!と叫んでやりたくなる。叫ばないけど。アリエッタがきょとんと首を傾げいてるのが可愛らしいが、その表情の向こうに鬼の形相をしているイオンが見えるもんだから、アリエッタの可愛さが霞んで見えてしまう…。

「フレイ、魔物退治っていって、武器もないのに街の外出てたから。アリエッタが見つけて、助けたんです」

アリエッタのその説明に、俺は思わず項垂れた。

「…いうなよ…」
「え?だめでした?」

俺の呟きを拾ったらしいアリエッタがさらに不思議そうな顔をしていた。そして、数秒後。イオンが目を丸くして俺を見て、その直後。大きな声を上げて笑い出してしまった。ひいひい言いながら笑い転げるイオンに殺意しか抱かない。殺さないけどな!

「あははははっ!はは…っ、あんた、面白いね。それで死にかけてんの?」
「死にかけてねぇよ!失礼な!」
「イオン様、楽しそうです」
「ああ、楽しいよアリエッタ。ものすごく、ね」

何やら意味ありげにそうアリエッタに言い放つイオンはまだ笑ってる。ちくしょう。だから聞かれたくなかったんだ。俺が不貞腐れて紅茶を一口飲むと、イオンの笑いも収まったのか次第に小さくなっていく。そしてはぁー、と一息つくようにイオンが息を吐く。

「で、なんでそんな無謀なことしたわけ?」
「いやちょっと強くなろうかなと思って」

今後のことを考えて、とは言わなかったもののイオンはなんだか渋い顔をしていた。何か思うことがあるんだろうか。…そういえば、このイオンは秘預言を知っているんだろうか。そんな顔をするということは少なくとも一部分は知っていそうだ。消滅預言までは知り得なくても、キムラスカの繁栄がもたらされる、ってあたりくらいまでは知ってそうだなぁ。


なんて考えながらアリエッタの持て来てくれた焼き菓子に手を伸ばす。誰が作ったものなのか分からないが、かなり美味い。もちろんファブレ邸のような専属料理人やらパティシエがいるようなところのものには劣るが。それでもそういったところでは味わえない美味さがある気がして。


「フレイ、神託の盾騎士団に入りたいって言ってた、です」
「あ、そういえばそうだった」

ぽんっと思い出したように手を叩く。「はぁ!?」と声を上げたイオンは無視して、考えていた計画を口にする。

「神託の盾騎士団ってどうやったら入れんのかなーと思って。このままぐーたら生活するのもなんか性に合わねぇしさぁ」
「……神託の盾騎士団にはヴァンもいるんだよ?そこのところ分かってる?」
「分かってるって。利用されるつもりなんか微塵もねぇから」

そうはっきり言ったものの、イオンは相変わらず良い顔をしなかった。その意味がよくわからずに首を傾げる。こいつ、俺が何も知らないただのレプリカだとでも思ってるんだろうか。うん、なんかそんな気がしてきた。

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