背負う覚悟とあの日の決別


行儀が悪いと知りつつも、椅子に座って脚をぶらぶらと揺らす。不貞腐れたように頬を膨らませると、これも行儀が悪いと知りつつ頬づえをついて目の前の料理をフォークで突く。

「行儀が悪い」

案の定、目の前で料理を食べるレネスに怒られた。酷い、誰のせいだと思ってるんだこの野郎。野郎じゃないか、女だし。

「自分が悪いんだろう。考えなしに街の外に出るからだ」
「だってさー、なんとかなると思ったんだよ」
「それが考えなしだと言ってるんだ」

はぁ、とこれ見よがしにため息を吐かれた。レネスとしては、子どものくせに一人で街の外に出て魔物を倒そうなんて考えが甘い、ってことだろうけど。倒せる予定だったんだよ、1匹2匹。なんて言ったところでレネスが信じないことなど分かってる。


当然のようにあの日、アリエッタに結局家まで送り届けられた俺だったがあっさりと街の外に出たことがレネスにバレた。血の匂いでもしたんだろうか、鋭い奴め。と舌打ちを零したところで盛大に拳骨を食らって物凄く怒られた。ファブレにいた頃、そんな風に怒られたことがなくて…、これが普通なのかなぁと少しだけ寂しくなったのは内緒だ。

「で、課題は終わったのか?」

ご飯を食べながらレネスにそう聞かれて、思わず首を傾げる。そういえばなんか「知識を身につけるには本が手っ取り早い。課題だ」と大量に本を渡された記憶がある。本なんて読んだことなくて苦手意識の方が強かったが。レネスが俺の環境を分かっていたのか、比較的読みやすい本ばかりだった。内容が専門的だったのは言うまでもないが。

「音素学の続きが読みたい」
「なんでお前の知識欲はそう変な方向ばっかりに傾いてるんだ…」

レネスが軽く頭を抱えたのが見えた気がして、思わず苦笑した。俺には言わないけど、イオンから俺が誰のレプリカであるか、聞いてるんだろうか。…まぁそうじゃなければ経済学やら帝王学やらの本なんて渡してこないか。

もぐもぐとサラダを頬張って小言を聞き流す。さすが一人暮らししているだけあって飯が上手い。食べさせる相手の一人や二人いないのかとも思うけど、そんなこと言えば余計なお世話だとフォークが飛んで来るに違いないから言わないけど。

「そういえばさー」

なんて言いかけた時だった。


「ぴー!!」

となんだか小鳥の鳴き声のような声が聞こえて来て、レネスと同時に顔を上げる。すると窓ガラスにピヨピヨが激突した。それは凄い勢いで激突した。パリーン!と景気のいい音を立ててピヨピヨが室内に侵入してくる。突然の出来事に目を丸くさせて、突撃してきたピヨピヨを見つめた。

ガタッと音を立ててレネスが立ち上がる。その手には武器は持っていないが、第五音素を集めているのが見えて(これもおかしい。俺は譜眼なんてしてないから音素は目に見えないはずだけど)、思わず慌てた。

「うわっ、レネス何してるんだよ!」

思わず椅子から立ち上がると音素を集めている右腕に抱きつくようにして止める。それでも音素の収束をやめないのだから、なかなかの腕前だ。違う褒めてどうする。

レネスは目を細めてその行動を止めた俺を見た。その視線に怯みそうになるが、ぐっと堪えて見つめ返す。

「郊外と言っても街中だぞここは」
「そうかもしんねーけど…、違うって!だから、あれ!アリエッタの使いだって!」
「…アリエッタ?」

レネスの言いたいことが分かって、思わず反論してしまった。ほら、と指を差すとピヨピヨは何やら白い紙のようなものをくわえているのが見える。それを受け取ろうと思って近付く俺をレネスが片手で制した。

「イオン様の守護役のアリエッタか?どこでそんな関わりを持ったんだ一体…」

呆れたようにそう呟くと、レネスがピヨピヨからその手紙を受け取っていた。なんで俺を制したかについて聞きたいが、なんだか嫌な予感がするので聞かないでおこう。実に過保護だと思ったのは内緒だ。

「呼ばれているぞフレイ」
「え?」

きょとんと目を丸くした俺にレネスが手紙を差し出してくる。どうやら中身を確認していたらしい。窓に突撃してきたピヨピヨは一仕事終えたとでもいうようにひと鳴きすると、割れた窓から飛び立って行ってしまった。…あの割れた窓ガラスは一体どうするつもりなのだろうか。


手渡された手紙に目を滑らせる。中身を見てみるが、どうにもアリエッタからの手紙だとは思えなかった。

『今すぐに教会へ来て。今すぐに。』

やけに強調されている今すぐに、という単語に顔を顰める。どう考えてもこれはアリエッタからの手紙ではない。確実にこれは…あの導師イオンからの手紙だ…。


中身を見た瞬間にがっくりと肩を落とした俺に、何か思うところがあるのだろう。レネスがぽんっと俺の肩を叩いた。くそうその憐みの視線はヤメロ。

「とりあえず、飯は食ってから行きなさいよ」
「…ふぁーい…」

やる気のない返事を返すと、肩を叩いた手をそのまま俺の頭へと移動させ、わしゃわしゃと撫でた。やめろと言ったところでやめてくれるはずもなく。子ども扱いされていることは分かっていたが、どうにもそれが落ちつかなくてしょうがないってのに。

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