時計台の上に置いてきた時間


俺を助けてくれたアリエッタは、どうやら導師のお使いで港へ行っていたらしい。どんなお使いだというツッコミは…心の奥に留めておこう。その帰り道にライガがなんだか何かを嗅ぎつけたらしく、そちらの方向へ来てみたら、俺がいた、と。

ライガの背中に乗せられて辿り着いたのは、先程俺が小休憩をしていた第四碑石の丘だ。碑石の裏側、一般客の目につかないところで2人で腰を下ろして話をしていた。そりゃライガがいるから人目につくところにいるわけにもいかない。

「フレイはなんであんなところにいた、ですか?」

自己紹介をして、カンタビレのところで世話になってると説明をつけたら…アリエッタは随分と不穏なことを言い放ってくれた。曰く、「イオン様が、楽しいおもちゃ、みつけたって。フレイのことですか?」だと。ふざけるなあの腹黒イオン。俺はお前のおもちゃじゃねぇ。


不思議そうに首を傾げて問いかけてくるアリエッタに、居た堪れなくなった。怒られるわけでもなく、咎められるわけでもなく、純粋に疑問に思っているらしい。はぁ、とこの日何度目か分からないため息を吐いた。

「えーっと、ちょっと腕試しっていうか…武器が欲しいから金稼ごうかと思ったっていうか…。…予想外に自分が使いものにならなくてへこんでたっつーか…」

ごにょごにょと言い訳をしてみるが、アリエッタは不思議そうに首を傾げたままだった。自分でも何が言いたいのか分からない、思考が落ちつかないままに喋ってるから支離滅裂だ。こんなところでアリエッタに会うと思わなくて動揺しているせいもあるかもしれない。

ふと、アリエッタが何かを思い立ったように自分の荷物を漁っていた。

「フレイ、強くなりたいですか?」
「え、うん。まぁ…そうだな、強くなりたいな」
「これ、あげるです。アリエッタには、いらないから」

そう言って手渡して来たのはショートソードだった。俺は扱ったことはなかったけれど。ナイフ系の武器に比べれば刀身が長い。けれど長剣よりも軽く、今の俺でも扱うのには苦労しないだろう。それを俺に押し付けてくるアリエッタに、思わず慌てて拒否をする。

「えっ、いや、いいって!そんなの貰えないって!」
「護身用の、まだ他にアリエッタ持ってるし…。それに、フレイ、また魔物に突っ込んでいったら、アリエッタ、後味悪いです…」

眉を顰めてそう言われて、思わず言葉に詰まる。拙い言葉遣いと、アニスとの言い争いを思い浮かべるとアリエッタはかなり幼く見えるけど。それでも俺よりも長く生きていて、導師守護役という地位に身を置いている。自分よりよほどしっかりしているような気がした。

「…じゃあ…えっと…ありがたく貰っておくよ…」

申し訳ない、と思いつつも結構値の張る武器を買わずに済んだことは感謝すべきかもしれない。大人しくそのショートソードを受け取ると、しまう場所も無く左手に持つ。あとでちゃんと帯刀できるように整えよう。

俺がちゃんと短剣を受け取ったことにアリエッタが嬉しそうに笑っていた。それがなんだか居心地悪くて、ぶっきらぼうに視線を外す。アリエッタがまた不思議そうに首を傾げたのが見えたが、気にしない。


……あれ、そういえばこれって、イオンに会う絶好の機会なんじゃねぇの?

「…なぁアリエッタ、あのさぁ。一個お願いがあるんだけど」
「なんですか?」

再び視線をアリエッタに向けると、きょとんと首を傾げていた。目をぱちぱちさせているその姿に、利用するだなんて少しだけ気が引けるけど。イオンに会う絶好の機会を逃すわけにはいかない。

さて、なんて言うのが一番いいだろうか。

「………えっと、神託の盾騎士団に入りたいんだけど、どうしたらいいかな」

イオンに会わせろ、というわけにもいかなくて思わず口から出たのはそんな言葉だった。いやいや、これはないだろこれは。

「……うーん、アリエッタもよく分からないですけど…、イオン様に聞いてみる、です」

あながち間違った聞き方ではなかったらしい。目をぱちぱちさせながらも少し考えてそう口にしたアリエッタに思わず安堵した。

「もうすぐ日が暮れる、です。アリエッタ、フレイのこと送っていきます。お家どこ、ですか?」
「え!?あ、いや、自分で戻れるって!街までは一緒だろ?途中まで一緒に行こうぜ」
「………」
「ちゃんと家に帰るってば…」

信用ならないのか、アリエッタに睨まれてしまった。しょんぼりとして答えれば「まぁいいです」とアリエッタが言うのが聞こえた。…アリエッタって、こんな性格だったのか。今まで深く関わったことなどなかったから、知らなかった。

行くか、と立ち上がった俺は服についた草を払う。アリエッタと2人で食べていたクッキーの入った袋をぐしゃぐしゃに丸めると、ポケットへと押し込めた。背伸びをして、「行こうか」とアリエッタに声を掛けようとしたところで、アリエッタがじっと俺を見つめていたのに気付いた。

「…え、あ、なんだ?」

居心地悪くて、思わずどもってしまった。あまりにも真剣にじっと見つめられているもんだから、恥ずかしい。けれど俺の態度なんて気付いているのかいないのか、それとも気にしていないのかアリエッタが真剣な眼差しのまま、口を開いた。

「……アリエッタ、フレイとどこかで会ったこと、あるですか?」

その言葉に、思わず動きを止めてしまったが。

「……ないと思うけど、教会あたりうろうろしてたことはあるから、その時見かけたんじゃねぇの?」

まさかという脳内に過った可能性を捨てて、そう答えた。アリエッタは納得したのか、していないのか、うーんとまた考え込んでしまったけれど。


いやいや、俺の今のまさかの可能性はない。あり得ない。他人の空にだ。もしくは被験者ルークの方を見かけたことがあるのか、だ。その可能性もないと思うけど。

「ほら、早く戻ろうぜアリエッタ。日が暮れちまうよー」
「あ、フレイ、待って!」

いち早く丘を駆けあがった俺に、慌ててアリエッタが立ち上がって追いかけてくる。ライガは人目につかないように、かこっそりと森を通ってダアトへ行くらしい。碑石の前に立っていた俺に追いついたのはアリエッタだけで、ライガの姿はなかった。


なんか、[前回]敵だった六神将と…しかもアリエッタと、こうも仲良くなれるとは思っていなくて。道中の会話もなんだか楽しくて、笑いながら2人でダアトへの道のりを歩いた。

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