なんて、教会に入ってみたものの、奥まで簡単に行けるわけもなく。

「迷子か?ここは君のような子どもが来るところではないよ。さぁ出口まで送ってあげよう」

と優しい優しい詠師様に送りだされて…ようするに教会の外に放り投げられた。ちくしょう、これでどうやってイオンと接触をとればいいんだ。


落ち込んでとぼとぼと街中を歩いていたら、優しい花売りのお姉さんがクッキーの入った袋をくれた。迷子だと思ったのか、孤児だと思ったのか。どちらにせよあんまりいい気はしなかったけれど、お腹も減っていたし、それを受け取って少しダアトの街並みを外れた第四碑石の丘でクッキーを頬張っていた。

「ちくしょー、あの詠師め。送り返されなきゃ忍び込んでやろうと思ったのに…」

しかしあの詠師どこかで見たことがある、ムカつくから今度殴り倒しておこう。(その詠師がトリトハイムだと知るのはもう少しあとだ)

袋の中を見るとクッキーはもう残り少ない。また一つため息をついてクッキーの入った袋をしまう。さて、これからどうしようか。服についた草を叩いて落とすと、ダアトの街並みとは反対方向に見える港を見た。

「…せっかくだから金稼ぎでもしていくか」

おおよそ10歳の子どもが吐く台詞ではないが。

軽く準備体操でもするように屈伸をすると、ダアトへ向かう巡礼者たちとは反対方向の港…、港とは少し外れた森の方へと足を向けて歩き出す。巡礼者たちがなんか俺のことを可哀想な子を見るかのような目で見てきたが、無視だ、無視。俺は孤児でもなんでもねぇ。


しかしまぁ、困ったことにダアトの質のいい武器屋に売っている剣といえばグレートソードだ。かなりの重さがある剣でアルバート流を使うには丁度良い剣なんだけど…現在10歳の俺に扱える剣ではない。到底無理だ。

「…下手な武器買うよりも、短剣とかにしておいた方がいいかなぁ…」

いや、ここはあえてグレートソードを買ってみようか。なんて無謀なことを考えている間にも街道を外れて森の中へと足を踏み入れていた。草むらの向こうから感じる魔物の気配に、自分を落ちつかせるために息を吐いた。

よし、がんばれ俺。



……なんて思っていた時期が俺にもありました。

「無理!まじ無理!武器ねぇとほんときつい!」

よりによってガルムウルフの群れに遭遇してしまいました。その数、なんと7匹。武器を持っていればまだ何とかなったかもしれないけど。素手で相手するには数が多すぎる。

走って逃げてみたものの、足の速さでいったらウルフに勝てるはずもない。先回りをされ、目の前に現れたウルフにそろそろ堪忍袋の緒が切れそうだ。かと言ってあれだ、超振動を使って音素感知に引っかかっても厄介だ。ちくしょう、簡単に金稼ぎなんて来るんじゃなかった。世の中そう甘くないのか。

「烈破掌!」

掌に音素を集めて、ウルフに向けて放射する。かなり強化しておいた技だったこともあって、ウルフが凄い勢いで飛んで行った。…あれ、なんだか威力が強すぎやしないか?あんなに吹き飛ぶものだっけ。飛んで行ったウルフは木の幹にぶつかり、そのまま目を回した。

そんなウルフを茫然として見ていた間に、他のウルフに近付かれていた。左右に挟まれてしまい、はっと我に返る。左からの体当たりを避け、その隙をついて牙を剥き出しに襲い掛かってきたウルフに足を上げる。

「崩襲脚っ」

二度蹴り上げた直後にすかさず先程と同じく烈破掌をお見舞いしてやる。…先程と同じようにあり得ない勢いでウルフが飛んで行った。もう気にするのはやめよう。うん。

しかし2体倒したところで状況が改善される気配はない。なんたってあと5体も残っているんだから。これは骨が折れる。方々から囲まれて襲いかかられたら…もう残された道は超振動だけだ。ちなみに死ぬという選択肢など端からないが。

「…あー、ちっと疲れた…」

がくり、と肩を落として思わず零す。5匹のウルフが機会を窺っているのが見えて、自然と背筋が伸びる。ああ厄介だ。5匹がそろって様子を窺っているとなると、一斉に襲い掛かられるかもしれない。


「伏せて、ください!」

不意に、そんな声が聞こえた。どこかで聞き覚えがあるような、高い少女の声だった。直後に第一音素が集まるのを感じて、思わずその場から飛び退いた。…あれ、俺ってばいつの間に音素の流れなんか読めるようになったんだ?

首を傾げた直後、凛々しい詠唱の音が聞こえてきた。

「歪められし扉よ開け…ネガティブゲイト!」

集められた第一音素は5匹のウルフを巻き込んで収束し、やがて爆発した。ウルフも悲鳴を上げる間もなく音素に還ってしまい、誰かの放ったネガティブゲイトが完全に消えるとウルフが音素に還った輝きだけがその場に残る。

助かった、と思うと同時にその場に座り込む。正直、疲れた。まさかこうなるとは思ってなかったし、それに何より[前回の経験]があるから大丈夫だろうと高を括っていた。が、蓋を開けてみれば今までと違うリーチで戦いづらいことこの上ないし、武器なしで数匹の魔物を相手にするのは無謀だった。

「大丈夫ですか?」

そういって俺の顔を覗き込んできたのは、先程譜術を放った人物だ。お礼を言わなきゃだな、と視線を上げたところで…思わず開いた口が塞がらなかった。

「…?どうかしたです?」
「……あ、いや、えと…、ありがと…う…」

俺が固まるのも悪くない。悪くないはずだ。

きょとんと目を丸くして首を傾げて俺を見ていたその人、俺を助けてくれたその人は今回は初めて会う人物だ。被験者イオンの導師守護役、のちに六神将となるアリエッタだった。

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