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「どうして泣いてるの」
ふと、そう言われて顔をあげると、いつの間にか困った顔をしたイオンが目の前にいた。今まれの高笑いしていた様子とも、上機嫌だった様子とも違う、困惑した年相応に見える顔で、少し戸惑ったようにその小さな幼い手で頬を拭われた。
そうして、自分が泣いてることにようやく気付いて。
「…え、あ、……」
思わず声にならない嗚咽が少しだけ漏れた。
「…生まれて10日だっけ?……見た目は僕より年上だけど」
情緒はそうでもないみたいね、とどうしたらいいのか、分からないというような声音で話しかけられた。なんとなくそれが<イオン>を思い出させて…不思議なことにそれでさらに泣きはしなかったけれど。
「レプリカとしか、呼ばれなかったから、嬉しいのかもな、」
涙を拭おうとはせず、ぽつりぽつりと本音を語る。自分だけの名前があるのは、嬉しいことだ。聖なる焔の光ではない名前…、これなら<アッシュ>も呼んでくれるかもしれない、なんて。あのぶっきらぼうな被験者の顔が浮かんで、すぐに消えた。
「…そう?」
何を思ったのか分からないが、イオンはそう少し間を空けて返事を返した。俺がもう嗚咽を漏らさなくなったことで、その手は離れてイオンも俺から距離を空けた。その様子に、イオンがどこかほっとしたように肩を下ろしたように見えて…、泣かれるのは苦手なのか。なんて少し面白く思った。
「ああ、そうだ」
その空気を振り払うかのように、急にイオンが話を変えた。その表情も困惑したものではなく、飄々とした表情になっていて…上機嫌だった様子はすっかりなりを潜めていたけれど。
「フレイを僕の部屋に置いておくわけにもいかないからさ」 「そうなのか?」 「守護役でも四六時中ここにいるわけじゃない。大体導師守護役は女性しかなれないからね」
どこからどう見ても、あんたは男だし。とイオンが告げる。…ああ、言われてみれば確かに記憶にある導師守護役は全員女だった。なんでそうなっているのかは知らないけれど。
イオンの言うことももっともで、イオンの部屋にずっといるわけにもいかない。ここには来客だってあるだろうし、それにモースやヴァンの目もあるから居づらい。
「僕の信頼を置ける人を呼ぶよ。衣食住とかはそいつに面倒見てもらって」 「おー、さんきゅ」
その、イオンの信頼のおける人が俺の知らない人だといいんだけど。と聞こえないように心の中だけで呟いた。今後の行動に支障が出るような人を呼ばれたらたまらない。例えば?ありえないだろうがモースとかリグレットとか。現段階ではリグレットはまだいないか。
「で、その髪の色だけでもなんとかならない?」 「いてっ!」
ぐいっとイオンに髪を引っ張られた。何本か髪の毛が抜けたんじゃないかと思ったけれど、まぁレプリカだから抜けたとしてもすぐ音素に返っちゃうから気付かれないだろうけど。
「引っ張るなよ!痛いだろ」
睨むようにイオンを見るが、完全に俺の視線なんて無視だ。
「目立つんだよね。そこまで色が濃くないからあれだけど、見る人が見れば一発でバレる」
例えば、マルクトの要人とか。そうイオンが言葉を続けたのに、眉を寄せた。確かにキムラスカが見たところで、かなり赤の色は薄いこの髪は先祖返りか何かかと思われるに違いない。…顔がルークと同じだからなんとも言えないけど。
けど、マルクトはまずい。特にどこぞの死霊使いだとかジェイドだとかその辺の人たちに、バレるのはよろしくない。
「うーん、ちょっとやってみるな」 「何を?」
そこで唐突に思い付いたことを行動に移すことにした。全く説明せずにそう口にしたから、イオンはかなり不思議そうな顔をしていたが。
目を閉じ意識を集中させて、体内を巡る第七音素に働きかける。レプリカだから体を構築する音素全てが第七音素だ。なんかそこに働きかければ、髪の色が変えられるんじゃないかと思ったわけで。
そんなわけで理論とか仮説とか実証とか諸々をすっ飛ばして、イメージだけで試してみるというなんとも無謀なことをしている。
僅かに第七音素が揺れたような気がして、閉じていた目を開ける。すると、驚いて口をぽかんと開けているイオンが目に入った。
「どう?」 「……レプリカって何でもありなわけ?」
イオンのその問いかけから、髪の色を変えることが出来たと確信する。ちなみにどういう理論なのかは俺には全く分からない!ただイメージだけでやってのけたわけだから…、下手したら髪が全部なくなるとかっていう可能性も……怖いから考えないようにしよう。
肩につくか、つかないかくらいの長さで視界に入るのは毛先だけだ。その毛先を見ると、綺麗に黒く染まっていた。光の加減で赤に見えることも…これならなさそうだ。
それにしても、まさか黒になるなんて。ありきたりな深い茶色とか、鮮やかな茶色がよかった。個人的には。
だって黒髪に緑の瞳って…今は亡きキムラスカ王妃の持つ色じゃないか。これ、キムラスカで変な噂流れなきゃいいけど。まぁナタリアがいるからそんなことは…ないか。 (と、思っていた時期が俺にもありました。と語る日がそのうち来る)
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