俺のそんな発言に、イオンは大層驚いていた。それも見たことないほどの動揺をしていて、ちょっとだけ見ていて面白かった。

「は?待って、なんでヴァンがそんなことしてるわけ…?そもそもどうやってファブレ家の嫡男を…」

いや待てよ、これって下手したら外交問題になるんじゃ、何してくれやがってんだあのくそ野郎。


なんて物騒な言葉が耳に入ってきて、思わず笑いをこらえるのに必死だった。平和の象徴ともあろうイオンがそんなこと口走るのもおかしかったし、なんだか自分の記憶にあるイオンがこんなことを言うなんて…想像出来なかった。


そう、ちなみにこの時、俺はまだこのイオンが、あの俺と旅をした<イオン>だとばかり思っていた。次の発言を、聞くまでは。


「レプリカって複製だろ?こんな自我を保ってるだなんて聞いてない…。これじゃあ僕のレプリカを作った時に問題が…」
「……僕のレプリカ?」

ぼそり、と粒やた言葉を聞き逃すほど耳は悪くない。


俺が復唱したことで、イオンが「まずい」という表情を全面に出してきた。導師といえど、まだそのあたりは子どもだ。動揺が見てとれる。最もこんな事態じゃなければそんなこと晒すような人じゃないんだろうけど。


………あ、やばい、この人、<レプリカのイオン>じゃなくて、被験者イオンだ。


なんて、この時に初めて気付いたことで。


イオンの「僕のレプリカ」の発言の次を待たずに、動きが止まっているイオンに口を開かす余裕を与えない。矢継ぎ早に思い立った言葉を口にした。

「俺の被験者、ローレライと完全同位体でなおかつ俺も被験者と完全同位体だ。だから第七音素が何かしらの力を働いて、こんなはっきりした自我を保てるんじゃないかって。レプリカは第七音素のみで構成されてる。被験者と完全同位体でなおかつ第七音素で構築されてたとあれば、俺はもはやローレライと言っても過言ではない。つまり何かしらの異変、特異事項が起きてたとしても…不思議じゃないだろ?」

全てのレプリカがこんな自我をはっきりと持って、生まれてくることなどありえない。そう強く否定すれば、イオンがさらに険しい表情を見せた。


「ちなみに俺が作られたのは約10日程前だと思う。幽閉された期間と、作られた直後目覚めるまでの正確な日数がわからないけど。一ヶ月は経ってないぜ」
「……それでここまではっきりした自我と、それだけの知識を持ってるのは異様だと思うけど」

正確な話は聞いてないにしろ、ヴァンからレプリカの話はうっすらと聞いていたらしい。何も知らない、赤子のような状態で生まれてくると。確かこの頃はまだ刷り込みはなかったんだっけ、と軽く舌打ちを零したくなった。

「ローレライの恩恵かな?第七音素関連の知識についてはある程度あるよ。他は全く分からないけれど。例えばあんたが誰で、ここがどこなのかも全く分かってない。俺が分かるのは、自分がレプリカってことと、ヴァンに作られたこと、それから俺の被験者のことだけだ」

それ以上は何を聞いても出て来ないぞ、と呟いてからイオンの座っているソファーの正面に設置されているソファーに腰を下ろした。


イオンがすっかり黙りこんでしまったので、少しだけこの先のことを考えよう。

残念ながら、ヴァンに対する敬愛は一切ない。それどころか、前回はああなってしまったという罪悪感や悲しみなども、残念ながら一切ない。従う気も全くないし、抗う気満々だ。

ここで不思議なのは、なんでヴァンに対する執着が一切ないのか、というところだ。そういえばそれはイオンにも言えることで…実際ここに居る彼は被験者だったわけだが…、少なからず、前回では音素乖離を起こしてしまい、泣きたくなるほどの悲しみの中にいたのに。イオンが目の前に現れたときは驚きはしたが、再び会えたという感動は全くなかった。


普通なら、喜びで泣きたくなる衝動にかられると思うんだけど。なんて自分のことを他人事のように考察する。

「………面白い」

ふと、思考の渦から意識が覚醒した。何やら、イオンの方から不穏な発言が聞こえた気がする。顔を上げ、目線を合わせると不敵に笑う平和の象徴様と目が合った。

「ファブレ家の嫡男のレプリカ、ローレライと完全同位体の被験者ということはその目的は超振動で、それを何かに使うためにヴァンはお前を作った。あいつの出生を見るに、恐らく預言絡みと見て間違いない」

そこまで考えつくとは、末恐ろしい導師様だ。これは大詠師がレプリカイオンを傀儡にしてしまいたくなるわけだ。なんて少し背筋が凍った。

俺が喋ったのは、被験者の名前、それからローレライと完全同位体という話だけだ。それだけでそこまで行きつくなんて…この人の思考が恐ろしい。敵に回したくない。絶対に。

「手駒にしようとしてたレプリカに振り回されてるなんて、面白いじゃないか!あはははっ、退屈しのぎになりそうだ」

………怖いんですけど、この導師様。


何が面白いのか、急に一人で笑い始めたこの導師イオンに、俺はどう対処していいのか全く分からない。だってそうだろう、俺の知っている<イオン>はこんな風に高笑いをするような人ではなかったのだから。

イオンはひとしきり笑うと、口元に笑みを浮かべたまま、目は心底楽しそうに笑ったまま、真っ直ぐにまた俺を見つめた。

「面白いから、あんたは僕が拾ってあげる」
「…拾うって、物じゃねぇぞ俺は」
「なら戻ってヴァンの言いなりになる?ない頭絞って考えな、いくら準王家に縁があるとしてもたかが一介の兵と、ダアトの最高指導者導師である僕と、どちらを後ろ盾に持つ方が…この先安泰か」

拾う、という発言に目を顰め、思わず嫌悪感を露わにすると、そんな返答が返ってきた。考えてもみなかったことに驚き目を見開いていると、「廊下で拾ったのは事実でしょ」と笑いながら付け足された。…確かに、行くあてもなくふらふらしていたので、その言い方はあながち間違いではない。

「……貴方の元にいるのはとてつもない不安を感じるのですが、導師様?」
「安心してよ、十分に扱き使ってやるから」

嫌味気に言い放った言葉は、とてもいい笑顔で返されてしまった。

|
[戻る]