心の在り処を問い訴う
通された部屋は、見慣れた導師の私室だった。俺が覚えている部屋とあまり変わりはなかったが、少しずつ違う点がいくつかある。例えば執務用の机に積まれている書類だとか、恐らくライガの毛を整えるための櫛だとか。
そして部屋に俺を案内した導師イオンは、俺を先に部屋に通すと荒々しく扉をバタン!と大きな音を立てて閉めた。その音に思わず後ろを振り返るが、イオンはどこ吹く風と涼しい顔をして、執務用の椅子ではなくソファーに腰を下ろした。
「それで、あんたはなんであんなところにいたの?キムラスカの要人が来ているという話はないし、お忍びだとしたらあんなところにいるのはおかしい」
鋭い視線で真っ直ぐに見詰められて、少しだけたじろいだ。
おかしいな、俺の記憶にあるイオンとかなり性格が違う。俺の知っているイオンは物腰柔らかで、優しい笑みを浮かべていて…、こんな荒々しい動作や口調をするような人では決してなかった。
(ちなみにこの時、俺はまだこのイオンが被験者だということには全く気付いてない。気付いていないというか、すっかり忘れていたという方が正しいだろう。)
「…えーっと、髭…じゃなかった、ヴァン・グランツに幽閉されてたんだけど、ちょっと飽きたから脱走してきたって感じ?」 「………はぁ?」
意味が分からない、というようにイオンが目を細めた。そんな声を出されても、こちとら真実を話しているだけで怪しまれるようなことは一切していない。ちょっと逃げ出し方に問題はあったかもしれないが。
「…名前は」 「え」 「だから、名前を聞いてるの。まさか導師に名乗る名前がないとかふざけたこと言わないよね」
このイオン、俺の知っているイオンというよりもどちらかといえば…シンクに似ているような気がする。なんて思いながら、困ったように頬を掻いた。その俺の仕草をなんて取ったかは知らないが、またイオンが眉を顰めあまり良い顔をしないのだけは見えた。
「…名前、ないんだけど」 「ふざけてるの?あんまりふざけてると守護役呼ぶよ。あんたがその髪の色、瞳の色をしてるからこうして内密に話してるんだけど」
この色がキムラスカ王家の色だと分かっているのなら、もう少しそれ相応の態度は取れないもんだろうか…。なんて思ったりもする。そうじゃなくても、少なくとも<イオン>のようにもう少し物腰柔らかに話しかけてもらいたいものだ。
名乗る名前がないのは本当だし。そもそも、ルークという名前は恐らく屋敷に帰っているであろう被験者の名前だ。だから俺がルークを名乗るのはおかしい。この世に、聖なる焔の光という名前の者が2人もいるはずがない。
これは、もう、正直に言った方がいいかもしれない。どうせ知れることだ。
「…ルーク・フォン・ファブレ」 「残念ながらキムラスカ王国第三王位継承者のことを言っているだったら勉強不足だね。預言によって屋敷に軟禁されてるはずだからここにいるわけがない」
そりゃそうだ、預言を詠んでるダアトがそれを知らなかったらおかしい。そのイオンの言葉に一切答えずに、言葉を続けた。
「が、俺の被験者。俺はヴァン・グランツによって作られたルーク・フォン・ファブレのレプリカだ」
さらに、イオンの眉間に皺が一本入ったのが見えた。そんな若いのに、せっかくの顔立ちが台無しだぞ。とはとても場違いだから言えなかったが。
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